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経験重視な私の「経験」

私の家系は父方も母方も
ある意味「おもしろくて不思議」な家系だと痛感している。

そこに気がついて
ちゃんと「自分の血は自分で使う」と真剣に決意と覚悟を決めたのは2月のある出来事があってからです。

正直血筋なんてと思ってた。

まぁ、やんごとなき身分ならいざ知らず、市井の人である自分は両親の家系的な背景を今、自分も仕事としているのは隠さない「血筋」の成せることなのだと実感している。

ひとりっ子の私は
文字通り、一子相伝である。父方の「それ」と
母方の「それ」を継承している。
「それ」とは何なのかは、追々話すことにしようと思う。

経験が人を育む

後天的に身に着けることは、たくさんあるし、時代が変われば価値観も変わる。
然しながら「変えてはならぬ」ものもあると私は考えている。
母方の曾祖父は國語の先生をしていて、漢字(基本的に旧字体)、それも象形文字から分解して事象の改善策等を祖母に、母親たちに伝えていました。

そんな祖母に母親たちに育ててもらう中で私自身も
「漢字分解」して物事をみるのが大好きになりました。

漢字分解もさることながら、文字の中にある、いわゆる「侘び寂び」や「感情の機微」にふれるのが大好きになり、小学3年のころには一般的な教養として、和歌や茶道を祖母にくっついてお稽古していました。

子供の「真似事」のようなお稽古でしたが、私の心を育むのには十分すぎるほど役にたっていると自負しています。

やんごとなき方の叡智


  

自分の血脈を受け入れ
「霊能」の道を歩む私には
大人になってからも、叡智を授けてくださる方々がいてくれます。
その中で私自負、心掛けていること、忘れてはならないこととして留め置いているのが、「心を育むこと」

目に見えない世界と触れるときに、どうしても先に技術的なこと、ヒーリングスキルや自動書記や透視能力などなど
神様に呼ばれた呼ばれなかったという「神様に責任転嫁すること」に逃げるスピリチュアルだと、自分が自分に甘えてしまう形が出来上がる。
だからこそ、精進、鍛錬という「心を重視」していくことが、家系的な教えでもあり、叡智を授けてくださる方々の教えでもあるのです。

今どきだからこそ
心を育むこと
眼の前のことをひとつひとつ丁寧に取り組むことが大切と痛感しています。


先人達から引き継いだ日本人の御霊
大和魂のDNAを復活させる。
私の霊的な能力は、そういう使い方をしようと心掛けています。

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