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グリーンランドの過去、そして今

もっと色んな投稿をしたいと思いつつ、なにげに忙しかったグリーンランドの日々、大した記事も書けずに、残りの滞在もあと2日となってしまいました。

たったの2ヶ月、しかもずっと仕事をしっぱなしだったこともあり、グリーンランドについてよく調べることもなく、謙遜抜きで本気でゼロだった予備知識も、帰国直前の今となってもほぼ10%以下の伸び率です。ていうかデカすぎる、深すぎるんです、この国は。

この国は、というと、きっとデンマークにいるデンマーク人達は「国?何言ってるの。グリーンランドはデンマーク領だよ」と鼻で笑うところですが、そして各言う私も、来るまではグリーンランドはデンマークの従属国と思ってきましたが、グリーンランド側の意識は全く違います。

グリーンランドへの入植はノルウェー、アイスランドなどからも中世からぼちぼちと行われていましたが、デンマークがいわゆる植民地としてグリーンランドに本格的に入り、交易が盛んになったのは1800年代だそうです。
時代が進むにつれ、ヨーロッパ人のお節介、「蛮人を文明人にしてあげよう」政策が始まりました。どうしたらその土地の民族を欧州化できるか、一番効率的な方法として、アメリカがアラスカのイヌイットインディアンにとったのと同じように、デンマークも行ったのは、彼らの「言葉」を取り上げてしまうことでした。
公用語をデンマーク語と決め、まず子供達への言語教育がはじまります。
そのインテグレーション政策の一部としてデンマーク政府は、1960年代にはグリーンランドの子供達22人を親元から引き離し、しばらくデンマークでデンマーク化教育をし、「デンマーク文化継承のエリート」としてグリーンランドに戻すというプロジェクトを行いましたが、母国語を取り上げられた子供達は親や家族と会話することもできず、さらには自分の国にもかかわらず差別を受けたり、結局孤児院に送られることになったりと、「デンマーク化プロジェクト」の悲惨な実験台として終わりました。
それについては、つい先日デンマーク首相のMetteが国としての謝罪をしたところですが、グリーンランド人の怒りは、根強く、静かに燻んでいます。

完全自給自足で生きてきたイヌイットにとって、外から入れられた文化や技術というのは、元からある生きるための知恵を「忘れさせてしまう害」でもあったのです。
北極圏のある探検家の方の言葉ですが、「技術とは、人類ができなかったことをできるようにするために、背中を押すもの、補完するもの」であり、何世代にも渡って語り継がれてきた、果てしなく深いイヌイット達の知恵は、その重要な伝承ツールである「言葉」をもぎ取られてしまったことによって、そして外から入ってきた便利な技術によっても多くが失われてしまいました。それは、欧州人の目からは進化かもしれませんが、イヌイットにとっては、ある意味、優れた能力を失う「退化」といってもいいものだったのでしょう。

「言葉」=「生きるための知恵」を失ってしまったグリーンランド人はどうなったか、それは今の60代くらい徐々に見られますが、20〜30代くらいの人たちでは「右も左もわからない」ようなことになっています。
特に私は医療機関で働いているからでしょうか、ちょっとは自分で調べるとか、考えろよ!ということでも、昼夜問わず、本当に些細なことでしょっちゅう彼らは緊急電話をかけてきます。
例えば、「夕食の後に吐いた(食べ過ぎ?)。喉が痛い。」とか(胃酸のせいで喉が痛いのは当たり前)」、「目が痒い。アレルギーかも」と大騒ぎで夜中に電話してきたりする(もしくは病院に押しかけてくる)のはもはや日常茶飯事です。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、いつもせっせと備蓄をしたり、弱肉強食の厳しい狩人社会で生きてきた民族が、突然北欧式の福利厚生を受けられることになり、自分の健康ですら全て、他人に面倒見てもらうものとなってしまいました。

デンマークでのグリーンランド人へのイメージは、「アル中で、デンマーク人の税金で暮らしてるどうしようもない生活保護者」といったものがたまに聞かれます。もちろん全てを入植者達のせいにはできませんが、それでも「こんなにしてくれたのは誰のせいだ」と怒るグリーンランド人の気持ちも痛いほどわかります。

そういった背景もあって、今のグリーンランドの若者の間ではものすごい民族意識、ナショナリズムが巻き起こっています。
私は見た目がグリーンランド人そっくりなので、そこまでではありませんが、金髪碧眼のデンマーク人の同僚などはよく「差別」を受けていると聞きます。
日本の准看護師にあたる、こちらのアシスタントと呼ばれるスタッフも全員グリーンランド人ですが、看護師が全員デンマーク人(と日本人の私)なので、アシスタントに指示を出す際も、言葉遣いにとても気をつけないと、グリーンランド人アシスタント達はぷいっと気分を損ねてしまい、業務をボイコットしてしまうことも…。

ちなみに60代以降のグリーンランド人ではデンマーク語のファーストネームがほとんどですが、30代以下の若い人ではほとんどがグリーンランドのファーストネームです。

そして公用語の一つとしてデンマーク語が小学校から教育されているにもかかわらず、数年前からグリーンランドの右翼系の党によって「グリーンランド語統一運動」が起こり、デンマーク語を話せない若者がとても増えています。
民族の怒りからの、自文化の復旧はわかる。でもデンマークとはRigsfællesskabetという提携があり、教育機関の乏しいグリーンランドでは、若者が高校の後進学する際は、デンマークの教育機関に無料で行くことができます。(電気工事士など技術系はグリーンランド内でも教育は受けられるけど、カリキュラムはデンマーク語で組まれることがほとんど)
デンマーク語ができない若者が増える現代、つまり手に職を持たない世代が増え、無職が増える、そして社会問題に繋がっていくわけで。

過去の傷があって、それがいまだに炎症を起こしているグリーンランド。でも時代を元に戻すことはできないわけで。すでに欧州化されてしまったグリーンランド人が「昔に戻る」のではなく、その炎症からどう立ち直って、ここからどう彼らが独自の生き方を見つけていくのか、とても興味深いところです。

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