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さきよみのかぞえうた -暁ノ燕 奇譚-

前作はこちらから………
登場人物紹介が多少ございます。



今回もお付き合いいただきましてありがとう
ございます。
一作目と繋がるようでいて繋がらない
ばらばらのようでいて 纏まるような

そんな一遍です。




朔とは
新月
ついたちのこと
はじまりのこと

玖とは
黒色の石
数の九のこと
終わって また始まる 特別な数


あかざに出会ったころ
朔玖さくは数を五までしか数えられなかった。
片手の数までだ。
1日に食べ物を口に入れる数はそれ以上増えなかったから
それくらい数えられれば十分だった。

それから 言葉や数の数え方を教わった。
幼い姉妹と数え歌を歌いながら……


ひと ふた  み  よ 
いつ  む なな や
ここのえ まわって とおのたり


こどもの歌声を乗せた風が
行きつ戻りつを繰り返していた。


ひと ふた みぃ よ
いつ む なな やえ
ここのえ とおのたり


少し 言葉が変わった

よく聴くと歌い手はふたりいた


ひ  ふ  み
よ  いつ む  なな  や
ここのう とおのたり


(あまりふざけては また ぬゐ様に叱られるぞ)

諭すでもたしなめるでもなく言いながら━━━━━━

朔玖は自然に  すこし、両手を広げた。

幼い手がそこに重なるのを知っていた。



温もりをそっと包む。
ふたりの柔らかな手を握ると
朔玖の身の内には 温かな血が通う感覚があった。



ひと  よ  ふた


それまでとは違う並びの数に
朔玖ははっとした。

ふたり………いや 今度はひとりの声だ


やの いつ なな


(それはだめだ、【━━】!)

左手を強く握り その名を呼んだつもりだったが
声は喉で詰まり、うまく出なかった。


言靈を音靈とし 【しゅ】と替えるのは
ふたごはわけもない。
声の共鳴がそうさせるのか
あそび歌や数え歌、名を呼ぶだけでも そのチカラは及ぶ。

だからこそむやみやたらと人とは話さない。

朔玖は 少ないことばでふたりのこころを察することができたが………



(【━━】!!   やめなさい!)



むーつ


やむなく右の手を離し
左手を強く引く。
その顔を見て止めなければ………


いや、はなさないで


絞り出すような 悲痛な声だった



(離してはいない、お前の手・・・・は)



はなさないで

やくそくしたのに


声が  ぐるりと 渦になった。

左右どちらの手に ふたごをどうつなぐのか
気づけば定まっていた。

そして間違えるはずはない。

間違えたことはない。




耳元で音を立てて風が巻いた。

ふっ、と左手の手が離れる。


「だめだ行くな、…………!」 

「なぁに?」


唐突に声がして 朔玖は飛び起きた。
飛び起きたことで、眠っていたことを知る。
目の前で 少女が不思議そうな顔をして朔玖を見ていた。
美豆良みずらの下髪を揺らし 首を傾げている。

「………かく、………」

確かめることなく呼んだ名は

確実に、間違えなかった。

「いま、呼んだ?」

「いや……夢を見ていた」

「"厭な鬼"に会ったの?」

ささやくような小赫の声は 歌のようだ。

"厭な鬼"と書いて『うなされる』を表すため
これもまた 彼女らの得意とする『言靈』であった。

「いや………もう、憶えていない」
「そう?」

髪を掻きながら朔玖は起き上がった。
小赫がとなりにすとんと座る。

ほどなく
衣擦れの音とともにもうひとりの少女が足早にやってきた。

「呼んだ?」

はっきりとした声。

朔玖はその顔を見る。

なぜかほっとして…………

「小珂」

名を呼んで 笑みがこぼれた。

「なぁに?  何を笑っているの?
なにか変?」
「なんでもない」

小珂もつられてくすくすと笑う。
「小赫、にぃやはどうかしたの?」
「呼ばれた気がして来てみたら寝て起きたところだったの。
うなされていたのに……………ねぇ、なぁに?」
小赫もまた  ふたりを見て笑った。


━━━━━━━あれは夢だ
ふたりは何処にも行ってなどいない。
無邪気な笑顔の少女たちは 朔玖の両隣にそれぞれ座った。
「にぃやが来て いつつめの春が来たの」
指を折りながら小珂が言う。

いつつ、と聴いて 朔玖はぎくりとした。

小赫は 黙って朔玖の手に自分の手を重ね
心配そうに見上げる。
朔玖は、案ずるな、と 頷いてみせた。
小珂は気づかずに続けた。
「にぃやも私たちも いつつ大きくなったってこと」

「もうお襁褓おしめはいらないか?」
朔玖がニヤリとして言うと 小珂は顔を赤くして頬を膨らませた。
「もう とうにいらないもの!」
「ではそろそろ添い寝もいらないか」

「「いや!」」

左右から揃ったふたりの声に 一瞬めまいがした。
よっつの黒い瞳が朔玖を見つめる。
「目が醒めたときに にぃやがいないのはいや………」
ふだんは どちらかといえばおっとりとしているが 先に声をしぼり出したのは小赫だった。
「にぃやがいないのはいや」
小珂も 朔玖の手を掴み、声を震わせる。

この小さなふたつのいのちが
朔玖にはとても尊かった。
自分の年齢ははっきりとしないが
娘と言うには歳は近く 妹としては 歳の離れた少女たち……
五年の間に ふたりは目を見て話すようになった。
幼子の割に表情がなく お互いだけを頼りに支え合って立っていた頃とは大違いだった。

「来たときみたいに急に  いなくなったりしないでね」

小珂の手は震えていた。
心を通わせているいま 離れることは 心身を引き裂かれるようなものだ。
朔玖とて 
………今後どんな関係性を築こうとも……
この尊いいのちたちから離れる未来は 考えたくなかった。

「にぃやは 離れたりはしないわ」

小赫は歌うように言った。

それは……捉えようによっては 【呪】とも思えるような言葉。
祈りと歌はよく似ているから。


何も無い自分に、居場所と生きる価値をくれたのはふたりだから。
姉妹だけは 自分を縛っても良い、と思えた。

「そうだ」
朔玖は 姉妹の頭を撫でて言った。

「ずっと共に生きる」「共に生きたい」

最期のひと息の時までも……。



ふたりが ふわりと微笑んだ。
ほっとしたのか  ふたりが顔を見合わせてわらう。



この笑顔を護るためなら
夜叉にも羅刹にもなれる。






「そう…………


お前はそんな夢を見るの」


湖面に映る月光を眺めたまま
女は独り言ひとりごちた。


「朔玖…………」


かたわらに眠る男の名をつぶやく。

いちから  ここのつまで。
はじめから さいごまで。

いつか地獄を見る自分たちと 最後まで共に在れと
この男なら自分と生きてくれるのではないかと
』づけたのは 自分なのに………



ひ  ふ  み  よ  いつ む……




眠れない夜は星を数えればよい

終わりがないから


なぜだか夜空が滲むけれど


阿僧祇  那由多まで数えたならば
少しは 眠れるだろうか………





 






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