真の自由とは
22歳のわたしが触れた文化の中にあった
「Inshaallah」 という言葉。
これは、イスラム教徒が未来の出来事について
言及する際に使用するよう命じられている言葉で、「神の思し召があれば」という意味なのだけれど。
もちろんいかなる宗教を信じていようがなかろうが、いろんな人がいるけれど、
当時のわたしが見た世界には、その言葉の意味を真に理解しているように思える人もいれば、そうでない人もいた。
きっと後者の人がわたしの目には多く映ったからいわゆるネガティブなイメージを抱いたのだろうけれど、、、
当時の未熟だったわたしは、
「神のせいにしてないで自分でもっと努力しろよ!」と心の中でいつも思っていた。
この経験を、昨夜何故かふと思い出したんだ。
そして、その言葉の真の意味について考えてみたら、今ならわかるような気がしたんだ。
わたしはあなた。
わたしはすべて。
あなたはわたしで、
すべてはわたし。
神はすべてに宿っていて、
だから、わたしもあなたも神の一部なんだと思う。
究極は、わたしたちは神の思し召しのもと日々を営んでいて、自分の意志で選択しているように思えることでさえ、神の領域の中で起こるべくして営まれていることなのかもしれない。
そして、その意識を持つことが、
真の自由への「道」なのかもしれない。