「魔法つかいプリキュア!」感想


 プリキュアシリーズ13作目の本作は魔法をテーマに掲げ、コンセプトは「人間界と魔法界の少女が手をつなぐことによって生まれる友情と奇跡」

 日常描写に重点を置いている本作は世界観が売りの一つだと思います。序盤からみらい視点での魔法界、リコ視点での人間界、双方の新鮮な驚きを入れつつ彼女らの関係性を描いたため、非日常感が出ることになり、みらいの言葉を借りれば全体的にわくわくもんな作風になっています。ふたりはシリーズのように1部ではプリキュアは二人のみですが、変身バンク4フォーム(ダイヤ、サファイア、ルビー、トパーズ)を用意し、それを序盤から惜しげもなく使ってくる豪華さ。オープニングも前期と後期で用意されているのですが、フェリーチェが追加された後期オープニングは前期のオープニングを見ずに、後期のみを見たら追加だということがわからないのでは?と思えるほど自然な出来と映像面は強いです。

 物語は2部(+エピローグ)の構成となっており、1部と2部で敵がガラリと変わる交代制をとっています。これにより描きたいテーマが明確にストレートに伝えられたと思います。1部ではみらいとリコが仲良くなるまでから、9話のみらい、リコの別れと再会、さらには21話まででことはの成長と別れ、22話で再会を描き、彼女らの“一緒に居たい”という部分を強調して描いてきます。

 「行動ですよね……補習で教わりました。何よりまず行動する事……」―――リコ
「どんな大変な状況でも負けない心を……授業で学びました!」―――みらい

(―――魔法つかいプリキュア! 20話より)

 ただ、それのみならず、1部ではみらい、リコの問題点の解消まで描いてしまっています。天才肌のみらいは興味があることのみしか能力が発揮されず、興味がないことには執着せず諦めが早い。努力家のリコは行動よりも先に考えてしまうため実技が苦手。だから、みらいはリコから諦めない心を、リコはみらいからまずは行動する心を学びます。1部で成長しきったとまでは言わないですが、この作品、最初に提示された欠点をお互いが影響しあう形で成長、なんていう物語の終盤で使えるような設定を前半で消化してしまうんです。つまり、彼女たち自体の問題には2部以降では注力しない……みらいとリコの成長には焦点を当てないという潔さがあります。どちらかというと、2部はことは中心の物語となっていきます。

 潔く描かない点は敵側の描き方にも表れていますね。突然現れる悪役としてのみ描かれており、悪役側のコミカルな描写などは抑えられており(夢オチのシンデレラ回などは置いておくとして)、45話を除いては敵側の事情はほぼ語られない。そのため、人間味を感じるようなキャラクターではなく、単なる物語上で倒されるだけの敵として描かれています。違うのは45話でのオルーバとの対立。ここでの闇魔法勢達の描き方の違いで作品の魔法に対する意図が強調されています。その違いは、

 「何があろうと己の拳を力を、信じて生きるのみ」―――ガメッツ
「あたしはあたしのために闇の世界を作る」―――スパルダ
「我“ら”の生き様、茶番などと言わせておくものか」―――バッティ

(―――魔法つかいプリキュア! 45話より)

 以上、言葉の“差”がはっきりと示していますね。ガメッツ、スパルダは自己のことのみを考えており、この二人ではオルーバのドンヨクバールには返り討ちに会い、元の姿に戻る。それに対し、クシーの忠臣、他者を想っていたバッティがヨクバールでオルーバのドンヨクバールを打倒し、計画を台無しにできます。作品としてはたとえ闇魔法だとしても、“他者を想う”“強い気持ち”の行動を肯定しています。魔法は所詮道具、使い手次第であるとしている。それは闇魔法も例外ではない。そして物語上もう一つの敵である混沌はすべてを飲み込み混ぜ合わせてしまう。個々人、それぞれの違いに相対するものとして描かれています。つまりこの作品における敵の“存在意義”ってプリキュア側との比較対象です。魔法、闇魔法は願いの強さと方向性。混沌は生命、個性。物語上の敵側の事情などの描写は削りに削り、プリキュア側の“願い”、“それぞれの違い”の味付けに過ぎない潔さがあります。

 「本当はちょっぴり嬉しかった。2つの世界の皆があんなふうに仲良く笑顔でいられる世界。でも…!」―――みらい
「それはただ待っていて手に入れられるものじゃないわ」―――リコ
「自分たちの力でいつか…その為に明日を必ず守ってみせます!」―――ことは

(―――魔法つかいプリキュア! 48話より)

 これだけ一緒に居たいという関係の「理想」を描きながら、最後は一度「現実」に戻る。みらいとリコの最初の出会い……1話の奇跡は与えられた奇跡であり、自分たちで手に入れた奇跡ではありません。彼女たちはこの時点で既にデウスマストを倒すことは人間界と魔法界の分断……別れに繋がることを知っている。それでも2つの世界が仲良くできる共にある世界を“自らの力で掴む”と言い放つ。リコの「待っていて手に入れられるものじゃないわ」は多分、「彼女たちの出会いの奇跡」までも含んでいるんだと思います。

 全話に渡って繰り返される日常での信頼関係の強調を行い、1部では彼女らの“一緒に居たい”の気持ち、2部では物語上の敵は“願い”、“それぞれの違い”の対比、奇跡は“自ら手に入れるモノ”、魔法は願いの強さ……”絆の強さ”を表す。そしてそれを待たされる側の視点で、2度目の奇跡で最大限に強調する。つまり、

 この作品、何もかもが“彼女らの絆の強さ”を描くためにある

 だからこそ、49話での……1話時点のモフルンの胸中を語らせたり、1年物だからこそ出来る四季の演出、みらいが会いたいと願う魔法など……が一層際立つ。正直、48話分描いてきた積み重ねが生きるこの49話のカタルシスはかなりのものです。

 「どれだけ強い力を手に入れたとしても、大切なのはそれを使う者の清き心、そして熱き想い」―――ことは

(―――魔法つかいプリキュア! 24話より)

 どんな魔法だろうと結局は使い手次第。ことはの台詞じゃないけど、設定は使い方次第、キャラクターは愛され方次第。それを違えずに作ればこれほどの作品になる。この作品は描きたいことが明確だから面白いし、彼女たちの信頼関係を感じさせ、テーマがストレートに伝えられる。

 ラストにこれまでの全てを叩き込む……そんな作品です。


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