水位観測

 府田確が毎週水曜日に更新している「水位」から何首か読んでいきます。まあ、緩く。

 まず二週目の「一人二役」よりニ首。

ETCカードが(深く素晴らしい九州に)挿入されていません
ハイウェイラジオここから 即身仏 ハイウェイラジオここまで

府田確「一人二役」

 一、二首目の「挿入」句がおもしろい。一首目の「ETCカードが挿入されていません」のもとから存在する語句に、挿入される「深く素晴らしい九州に」。「深く素晴らしい」という形容詞の冗長さが、良い。「深く素晴らしい九州に」自体が常套句を散りばめたフレーズのようで、それを自動音声のセリフの中に挟むのが意地悪だな、と思う。「九州」は本来、「挿入」の対象ではないけど、自動車の行き先ではあるから、強烈な異物感がないのが妙。
 それに比べると二首目の「即身仏」は全くの異物であるし、突然あらわれた幽霊のようだ(死んでいるし)。自動車やラジオが怪談の小道具としてよく用いられることを考えれば、「ここから」「ここまで」の間に語られなかったことの不気味さや、「ここまで」のあとの後味悪さもある。でも、即身仏はやっぱりおもしろい。むしろ、歌全体が、出オチの前後になっていると言うべきか。

傾向からして駅の近くに住んだほうがいいし、対策としては自転車を買ったほうがいい
いつもより数センチ奥まで押し込んでおくだけでいい防犯月間
狩人の気持ちになってかんがえる過去問だけがヒントではない

府田確「傾向と対策」

 三週目の「傾向と対策」は割と今出ているなかでも、いちおしで、府田確のシニカルさが良い具合に出ているな、と思う。そこから三首。
 一首目、ほとんど自明のことに、あえて「傾向」や「対策」という言葉を用いることで、受験関連産業や、やたら数字やデータにこだわる思考法を批判、ではなく皮肉、いや、茶化している。それに駅の近くに住むこと自体が「対策」じゃないの? と思わせる気持ち悪さも良い。
 二首目、これも防犯「対策」だろう。「数センチ奥まで押し込んでおくだけで」良い程度の「対策」。
 三首目も受験関連作業への茶化し……どうだろう。確かに正論かもしれない。でも、府田確がおおまじめに「狩人の気持ち」なんて言うと思えない。ただ、「過去問だけがヒントではない」と「傾向と対策」の盲点を指摘し、その別ルートとして「狩人」的な経験や直感を示しているとも言える。「狩人」という言葉から「出題者」の影をにじませながら。

傍受する戦果から戦火 いとおしく思ってみても明日は変わらず
昇華する鷺も季節もLife is可哀想だなって天高く

府田確「ギャルソンはメロウに演技する」

 五週目から二首。
 一首目、「戦果」と「戦火」の音が同じでありながら、指し示すものが微妙に異なるところを読みたくなる。府田確の歌には音が同じだったり、似ていたりする言葉が詠まれていることがあって、それのもつ意味の差異が面白い。これについては、よく考えたいのだが、私はその言葉を持っていない。ここで「戦果」=成果と「戦火」=犠牲はセンカとして表裏一体になっており、主体はその裏表の変化を「傍受」する役割を引き受けている。
 二首目、「Life is可哀想」みたいなことが詠めたらおもしろくなるの、ずるいよなって「Be 思ってる」けど、じっさいおもしろいし、真似できないから仕方ない(「Just Be Friend 巡音ルカはきょう、外食でいいと Be 思ってる」(府田確))。

法事を終えて歓談の中いつだって兄弟は欲しいと思う 十年

府田確「インターナショナル」

 6週目から一首。結句、句割れ一字あけの気持ちよさを躓かせる「十年」の中途半端さ。妥当な数字だとは思うけど。
 百年、千年などはもはや詩語だと思うが、ここではそれを使わない。それが少し意外だし、意地悪。
 私は、兄弟が、いるから、と私の話をするが、こういう歌は書けないだろうな、と思う。主体(いつも腫物に触れるようにこの言葉を使う)と読み手=詠み手の「私」の距離が、ある種の歌では気になってしまう。それが歌の読み味になってしまうのは、歌の貧しさか、読みの貧しさか、それとも豊かさなのか、わからないけど、読んでいて気持ちの良い歌というものは確かにあって、それは主体に限らない歌の距離感であるとはまず言えそう…… 「十年」にどうしても躓き、その躓きが意外でもあるのだけど、それよりまず「いつだって兄弟は欲しいと思う」という作中主体の心情に、読み手としての「私」が他者として驚く。そうか、兄弟がいない人はそう考えるのか、と他者として共感するというよりは、実際、そういうこともあるかもな、という少し生々しい(と思える)リアリティを享受する距離感……と言うと共感と驚異の焼き直しっぽいけど、個人的にはもっと微妙な感覚としたい。

 以上、「水位」の観測として、何首か読んでみました。ちょっと歯切れが悪いですが、ここまでにしたいと思います。他人の歌で自分の話をしてもよくないしね(でも、私は他人がそうしているところみたいと思うときがある。それはその人個人への興味だろうか?)。
 府田確は連載がんばってください。ばいばい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?