感謝の謝

 名人である以上、簡単に奥義を伝授するわけにはいかない。単に技法を教える。そんな者は名人を名乗ってはならない。修練に伴う精神力——窓ふきを続けていたつもりが、いつの間にか武術を習得していた感動、のような——を叩き込んでこそ名人である。名人芸は、やすやすと理解などされてはならない。マニュアル化されてはならない。霊性を失ってしまっては名人の存在意義が薄れる。
 名人というのは、どの分野にもいる。芸事に限らない。気づかないだけで、神がかりは業種問わず存在している。それはあの具体的にどういった人たちを指すのかいまいち判然としない〈就職業界〉にもいる。キャリアアドバイザー、エージェントいろいろな肩書きで、我々の目の前に現れる。プロやカリスマなどと自称・他称されることもあるが、玉石混淆。この場合、〈玉〉とは言うまでもなく、名人を指す。客観的で、具体的なアドバイスをくれるような人物は二流。名人なら自分の経験と勘と自信、それらに裏打ちされた自説を語りかけるものだ。神通力、霊視、予知能力、読心術、気功、念力が繰り広げられても驚いてはいけない。ここは仙人の住むところと心得るべし。

「結局、仕事ができる人は自責的なんですよ。どんなクレーム、要望も自分の責任と捉えることができる。反対に、仕事が長続きしない人は、上司のパワハラが酷くて……とか他人のせいにする。他責的なんです」

「それで、景川くんがすべきは、感謝することだね。今まで、説明会、面接でお世話になったすべての人を思い返して、感謝する」

 なんとなく「切って捨ててはならない」と思わせる迫力・余白に、名人としての深みを感じさせる。私にできることは、この深さに圧倒されながら、それぞれの言葉を可能な限り自分で解釈することに限る。
 一つめ、なるほど、上等な心掛けだと思う。常に自責的な人間、とても都合が良いことだろう。耳障りにならない他者を目指せ。名人にしてはかなりシンプルなテーゼにすら感じる。どうしたらそんな人間になれるのかは、教えてくれない。訓練あるのみである。また、これには「お前がうまくいかなくても、お前のせいと心得よ」と、牽制しておく効果があることも見逃せない。私のうまくいかなさは私にあるとして、なら名人はアドバイザーとして、自責する機会があるのだろうか? そんな質問は唾棄すべきだ。名人ともなれば、気に留める必要すらない。
 二つめ、先ほどのものに比べて抽象的で、難解である。感謝することの効能は、感謝できた者のみ知る。ただ、前提として、自責、謙虚があることはわかる。今まで自分が落ちてきた理由を、自分の中から一つずつ丁寧に探してみろ。紛うことなき正論。名人はさらに踏み込んで、そこに感謝を加えてみる。面接二日前のアドバイスとしては、中長期的な気がするが、ことを急いてはいけない。心のこもらない技法の獲得は、名人のもっとも避けるところである。

 この名人は、決して霧深い山奥に暮らしているわけでない。人材会社の部長として、新卒採用支援に携わる。営業職の経験を通じた、深遠な精神論を持つ。
 彼は会議で十分遅れたことを詫びた。そして、約三十分ほどの面接で上記のようなことを言った。ほとんど天才的、あまりに自己犠牲的な言葉を、私ははじめ受け容れきれず、首を斜めにふることしかできなかった。技法らしいことといえば「人と心を開く方法は、相手との共通点をみつけること」「逆質問では福利厚生とか、残業とかそういうことは尋ねない方が良い」の二点くらいで、多少就活などをやっていたら聞いたことがあるようなことなのがもどかしい。
 なら、私を見くびっていたのではないか? とんでもない。聞きかじったくらいではだめなのである。あまりに当たり前のことを口酸っぱく繰り返すのも名人の務めだ。彼は逆質問を事前に五個ほど用意するようにと、宿題を与えた。
 宿題は、私の担当のエージェントを通じて提出することになった。その日のうちに私は宿題を終えて送信したが、フィードバックは本番の面接のあとだった。担当者曰く、「ごめん忘れてた! これOKもらえてました」。このような部下を持つことは、名人にとって不幸である。しかし、ここは確認を怠った私の責任、と彼の言葉に立ち返ろうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?