追悼コーナー
診察までにまだ時間があったから、本屋で時間を潰していた。だいたい、有名な著作家が死去したときは、「追悼」と称してその著書が平積みにされたコーナーがあらわれる。大江健三郎は、岩波の自選短編が平積みにされていて、まあ予想通り。図書館にも「追悼」コーナーがあった。何が追悼になっているのか、私にはまるでわけがわからないけど、訃報を聞いてから、読みたくなる気持ちもわかるというもので、でも、それはなんとなく清潔な動機ではない気がして、かえって手にとりづらくなる。そういう理由で瀬戸内寂聴(晴美)の本は一冊も読めていない。大江は、もともと読んでいたこともあり、そんな心情は特にない。
「追悼・扇千景さん」と手書きで書かれたポップの下に、扇千景『決断のとき』が置かれていたのは、ずいぶん投げやりな「追悼」コーナーだと思うし、ましてやすぐ隣に『死ぬまでに観たい映画1001本』の分厚い本が平積みされていたのは、投げやりというか、開き直りな気がする。最近は安倍晋三の「国葬」に参列していたイメージ。国土交通大臣と言えば、海上保安庁が管轄下にあるから、ファンも多いんだろう、と女優時代の業績に考えが至らないほどだから、訃報を松竹が発表したのはへんな感じがした。
診察で悪夢の話をしたら、悪夢の苦痛を先生の方も理解してくれて、漢方を処方された。なんだかよくわからないけど、飲んでみたら意外と効果があったりするのだとか。漢方は自然派というか、体質改善のようなゆるいイメージがあるけど、量を飲めば即効性があるんだ、と東洋医学の先生が言っていた、と。ただ、量を飲めば副作用も出るのだけど。本当かどうかはよくわからないし、話半分だが、試して害があったり、損したりするわけじゃないから飲んでみることにする。ただ、薬の量がすごく増える。
家に帰って、尿酸値を下げる薬がないことに気づいて、半ばパニックになって探していたが、そもそも処方されていなかった。そりゃ、探してもないよ。べつに、尿酸値も差し迫って下げないといけないわけじゃないから、パニックになる必要もなかったのだ。あーあ。
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