「世界を救えない俺達の幸福論」第三話:死なせない!

 如月屋の前に救急車が到着していた。
 救急隊員に運ばれて、三香みかさんは救急車に乗る。

「……香恋かれん、一緒に行ってやってくれないか」
「いいけど、先輩は?」

 少し深刻そうな顔をしていた健太けんたに、香恋が訝しそうな様子を見せる。

「俺はほら、戸締りとかしていかなきゃだから」
「……わかった。後から来るんだよね?」
「あぁ。絶対に行く」

 そして香恋は救急車に乗り、三香さんと共に病院へと向かった。
 救急車の姿が見えなくなると同時に、健太は覚悟を決めたような表情になる。

 店の戸締りをした後、健太は迷う事なくアパートへと戻ってきていた。
 タンスの一番下の段に隠してあったインジェクトガンとプラグインを取り出し、ジャケットの内側に隠す。
 そしてアパートを出て病院へと急行しようとするが、ヒカリ先生に呼び止められてしまった。

「もう使わないんじゃなかったのかい?」

 健太は一度足を止めて、ヒカリ先生の質問に答える。

「使わないと……助からないかもしれない人がいる」
「それを使う代償、キミは知っている筈だけどねぇ?」
「嫌ってくらい知ってるさ……それでも、必要なら、助けなきゃいけない人がいる」
「この一ヶ月は、そこまでキミを魅了したのかい?」
「魅了かどうかは分からない。でも、手を差し伸べてくれた恩人がいる。その人達のために動けるなら、俺は動きたい」
「香恋はどうするんだい? キミがインジェクトガンを使えば、あの子も危ない筈だよ」
「……香恋はインジェクトガンを持っていない。バスターズだってバレるのは俺だけだ。香恋は騙された事にすればいい」
「そうかい……じゃあ最後の質問だ」

 ヒカリ先生は健太の目を見て問いかける。

「何が、今のキミを動かしているんだい?」

 健太はその質問に対して……

「――――」

 病院に着いた健太は、すぐに香恋を見つけた。

「香恋!」
「先輩……」
「三香さんは?」
「お産始まったって。今帝王切開してる」

 健太はそうかと言い、病院の長椅子に座る。
 すると手術着を着た男性医師が出てきた。

「ご家族の方ですか?」
「いや、俺たちは付き添いの店員なんで――」

 健太がそこまで言うと、後方から洋次さんの声が聞こえてきた。

「三香!」
「あっ、こちらが旦那さんです」

 香恋の言葉で洋次ようじさんの元へと移動した医師。
 洋次さんは走ってきたのか、息切れしていた。

「妻は、今どうなってますか?」
「……」
「先生?」

 突然の無言に不安を覚える洋次さん。
 健太も嫌な予感がした。

「旦那様……大変申し上げにくいのですが、現在母子共に危険な状態です」
「ッ!?」

 ショックを受ける洋次さん。
 近くで聞いていた香恋も同様の反応であった。

「選んでください……母体を優先するか、子供を優先するか」

 医師に最悪の選択を迫られた洋次さんは、ふらふらと力なく壁にもたれかかった。

「……妊娠がわかってすぐに、話し合ったんです……万が一の時は……」

 洋次さんはボロボロと大粒の涙をこぼしていく。

「子供をっ! 優先しようって」

 悔しそうに、やり切れなさそうに、洋次さんは嗚咽を上げながら選択する。
 香恋はその光景に言葉を失っていた。
 無理もない。妻か子を選べと言われて、納得のいく判断を下せる人間などいない。
 その決断を無理にでも下した洋次に、香恋はどんな言葉をかければいいのか分からなかったのだ。

 誰もが絶望する空間。
 だが、一人だけ違った。
 健太は絶望ではなく、覚悟を決めていた。

「香恋……」

 健太は香恋の方に手を添えて、小さく呟いた。

「俺の事は、切り捨ててくれ」
「えっ……?」

 健太は医者の元に移動し、話を始める。

「要するに、母体にかかる負担と出血量。そして子供の負担を取り除けばいいんですよね?」
「り、理論だけで言えばそうだが」
「なら……俺がなんとかする」

 そう言うと健太は、ジャケットの内側からインジェクトガンを取り出した。
 驚愕する医師と洋次さん。
 後ろで香恋も驚いているが、健太は気にせずプラグインを挿し込む。

medicalメディカル

 健太はインジェクトガンに銃口を左手首に押し当てて、引き金を引く。

「インジェクト!」
uploadアップロード medical》

 淡く光る白いコートと青髪。そして二本の角が生えた姿に変身した健太。
 これでもう、バスターズである事は露呈した。

「バスターズの医療隊員です! 中に入れてください!」

 健太は手術室に通されて、メディカルプラグインの力を最大限発揮する。
 その脳裏浮かぶのは仲間や妹を死なせてしまった過去の失敗。
 そしてヒカリ先生の問いかけ。
 
『何が、今のキミを動かしているんだい?』

 健太の答えはこうだった。
 
『……背負った死と、明日の命のために』

 治療をしながら健太は心の中で叫ぶ。

(死なせない……もう、誰も死なせない!)

 そして手術室のランプが消えた。
 最初に出てきたのは健太。出てくると同時に変身を解除した。

「先輩!」
「ど、どうなったんだ?」
「……母子共に無事です。今お医者さんが縫合をしてます」

 健太の報告に、洋次さんは涙を流しながら「良かった……良かった」と喜んだ。
 しかし健太は浮かない顔。

「もうすぐ看護師さんが赤ちゃんを連れてきます。抱いてあげてください」

 それだけ言い残すと、健太はその場を去ろうとする。

「あっ、健太くん!」
「先輩!」

 呼び止める洋次さんに顔を見せず、健太は短く「ごめんなさい」とだけ言った。
 しかし洋次さんは立ち上がり、去ろうとする健太を止める。

「待ってくれ、健太くん!」

 肩を掴まれても、健太は俯いたまま。
 香恋も先の展開を理解したのか、目をつぶって小さく震える。
 もう何もかも諦めていた。
 だからこれからどんな罵声が飛んできても受け入れよう。
 健太は諦めた様子で振り返った。

「ありがとう」
「……え?」

 予想外の言葉に健太は驚きを隠せなかった。
 そして同時に、何故そう言われたのかすぐに理解できなかった。

「なん、で……俺は、騙してたのに」
「何をだい? 君はプラグインを使って助けてくれた。それでいいじゃないか。バスターズである事を隠したいなら、決して口外はしない。大切な恩人に泥をかけるような事はしたくないからね」

 健太と香恋は言葉を失っていた。
 ずっと罵声ばかり浴びてきたせいで、感謝されるという事を忘れていたのだ。
 洋次さんの純粋な感謝の言葉は、二人の心に大きな震えを与えた。

「本当にありがとう……健太くんのおかげで、妻と子供が助かった。本当に、ありがとう!」

 涙で震える声で感謝を述べ、洋次さんは頭を下げる。
 健太はこんな時、どう反応すればいいのか分からなかった。

 その日の夕方。
 アパートに戻ってきた健太は、妹の骨壷の前に座っていた。
 ただ何も言わずに骨壷の前に座り続ける健太に、香恋が話しかける。

「他の場所に、いく?」
「いや……当面はその必要は無いと思う」

 それはこの一ヶ月の交流で洋次さんと三香さんの人柄はよくわかったと思う。
 それ故に健太は、あの二人なら秘密を漏らす事はないだろうと考えていた。

「ねぇ先輩……もっと早く、ここを知りたかったよね」
「そうだな」
「そうしたらさ……もっと色んな人が救われたのかもって」
「俺も……そう思う」

 過去に弔った仲間達を思い浮かべながら、健太と香恋は今を噛み締める。
 そして健太は目の前の骨壷に語りかけた。

「なぁりん。俺さ……すっごい久しぶりに『ありがとう』って言われたんだ」

 健太の目は、暗く濁っていた。
 しかし、今は微かに濁りが取れている。

「赤ちゃんと母親をさ、助けたんだ……旦那さんが『ありがとう』ってさ」

 目に光が灯る。
 だが同時に、涙が出そうになる。

「仲間も……自分の妹も助けられなかったのに……俺は、治療に成功した時、良かったって思ってしまったんだ」

 それは後悔。それは懺悔。
 そして未来に対する小さな安堵。
 感情が複雑に絡み合い、健太の目から涙となって溢れ落ちていく。

「なぁ、鈴……俺、まだ……できることくらい、してもいいのかな?」

 救えなかった妹への贖罪になるかは分からない。
 だが健太は、かつて自分が夢見た存在に戻れたような気がして涙を流していた。

「鈴……俺、間違ってないよな」
「間違ってない……先輩は、絶対に間違ってない」

 声を上げて泣く健太を、香恋は優しく背後から抱きしめるのだった。

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