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お大師さん

 旧暦3月21日はめいくの日。

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 今年はどうする?もう、うちらはせんよ、若い人らに任せます。え、そうなんですか。できるかな、指示はしてくださいね。もちろん、口だけはださしてもらうわ。去年はお菓子だけしたな。今年もそれでええんと違うん?でもここでやめてしまったら、ほんま途絶えるで。お接待、作ってするなら何年ぶりなる?4年や。だいぶなるな。4年前はなにしたの?ここはもう決まっとる、お赤飯とおにぎり。しばらくはお赤飯だけでしとるな。これ、ノートにはお寿司も書いてるよ。お寿司はまかないじゃ。てご(手伝い)してくれたみんなとお供えもらう小部落の人に配るんよ。あとはお賽銭じゃのうてお供えしてくれた人とかな。参拝に来てくれた人でも封筒に入れたりしてお供えしてくれる人もおるん。そしたらお接待の小さい赤飯とかお菓子とかだといかんからね。どのくらい用意したらいいんかなぁ。さー、どうかね。4年前は12升してる。さすがに多いんちゃう?ひと釜5升だけど、こち(固く)なるといかんからよんじょうでしてる、米6キロでよんじょうやろ?え、よんじょうってなに?あ、4升のことか。小豆は600gやから500gの袋をみっつかな。小豆炊いてくれるん?あーもう私はようせんわぁ。電気ポットでもできるんよ。一晩置いとくん、前したことあるよ。そのあとお茶飲んだらポットから小豆がでてきたん、あれで懲りた。普通の鍋でことことしてもえいけどな。うちが圧力で煮とこうか。お願いできたら助かります。よっしゃ、そしたら小豆は煮るわ。あとは?お米は農協で頼んでくれる?わかりました。あ、ビニール袋も農協か。このパックは?パックはネットで頼むんが安いんちゃうん?調べてみる。小豆もネットで買っとく。これ、パックは小と大があったらいいの?お寿司用もいるな。お寿司する?わたし、実働は初めてだからお寿司もする自信ない。まかないもお赤飯じゃダメかな?お赤飯じゃったらおかずがいるな、さみしいことない?なにか汁物くらいは作れる。でもお寿司は、わたし不安。そんな、お寿司までせんでもいいんと違うん。お赤飯もこんな作っても余るんじゃないの?まかないも赤飯食べたらええやん。そうする?じゃあ今年はお赤飯だけにしよ。お菓子は?お菓子はいるな。選べるようにしとかんと。お菓子はどのくらいいるかな。90個くらいあったらいいんちゃう。なにかおせんべいみたいなもんと、バウムみたいなのとか、ちょっと盛り合わせてな。じゃあそれもネットで買おうか。あとはガスやね。ガスは頼んどくわ。花は今なんか咲いとる?なんかかんかあるよ。アイリスはどう?もうちょっとやな。でもちょうどいいんちゃう?めいくは一ヶ月後やから。そしたら菊の花だけ買うか。商店に頼む?商店頼んだら高いから、外にでる用事があるんやったら買ってきたらいいんやけど。うち、子どものスイミングで毎週末外にでるから買ってきます、どこで買えますか?スーパーで売ってるよ、菊の花はどこでもいつでもある。そうなの、気にして見たことないから知らんかった。じゃあ菊の花はお願いして、あとは?バナナも買ってきてもらおうか。いかん、スーパーで売ってるバナナは一房じゃないやろ。そっか、バナナって一房は5本どころじゃないのか。バナナは商店に頼んどこ。バナナとガスはうちが頼んどく。輪ゴムもいるわ。すまんけど、菊の花と一緒に百均とかで買ってきてくれる?わかりました。そんなところかね。その日は何時からします?6時とか?そんな早よせんでいい、赤飯じゃったらスイッチ入れるだけ、ガス釜だから20分で炊ける。あ、そうなんだね。そしたら?7時?上等。前日はなにかしますか?掃除と米測ったりしようか。午後はわたし仕事あります。わたしは午前中の出荷が終われば。まあ、じゃあ午後からしようか、ぼつぼつな。そんなところですかね。よっしゃよっしゃ、これで決まったな。よろしくお願いします。もうわたしらはなんもできんけど。口だけ出してくださいね。口だけじゃったらなんぼでもだせるでぇ。はいはい、お疲れさまでした。

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 花文さん、やっぱりお寿司しようか。赤飯だけじゃったらさみしいが。年にいっぺんの事じゃし、地域の人大事にせんとな。おおー、やりますか。そうしたら買い出しとか考えないとですね。そうやなぁ。でもまだひと月あるから、もうちょっとしてからですね。そやな、ガスだけ早めに頼んどくわ。

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 やっぱりまかないにお寿司するって!えー!だったら話し合いの時に言ってくれんと、また勝手にやったって言われるで。お寿司なんかうちらできんよな、味付けとか分からんもん。うーん、どうしようかな。まあでもするならしゃあないか、お菓子もまだ頼んでないし、今週中にもう一回はなしする?夕方とかに偶然を装って寄ったらいい?うん、そうしよう。

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 まかない、どうしましょう。花文さん、お寿司してくれるん?わたしがするなら自信ないです。前日仕事だし、お寿司するなら具を炊いといたり、魚を酢締めしたりしないとですもんね。そうやね。炊き込みご飯ならできるけど、どうですか?炊き込みご飯ね、いいね。鶏五目とか、あ、お肉はだめ?四つ足でなかったら大丈夫。じゃあ炊き込みご飯をわたしが作ります!それなら買い出しもできるし、当日の朝みんなが赤飯パック詰めしてくれてる間にぱぱっと具刻んでできるし。そうしよう、お任せします。はい、やります。

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 ここまで、この文章を読んでくれた方、ありがとうございます。よくぞ、読んでくださいました。まだまだ長いです。

 「めいく」というものは、空海の命日である旧暦3月21日(今年は4月29日)にお大師さんを開けて参拝に来てくださる方へお接待をする行事。お大師さんというのは、小さな部落ごとにお世話している弘法大師像(=空海)のことで、大抵はその部落の集会所に祀っている。コロナ前は観光バスが島に乗り入れて大勢がお大師参りをするほど、豊島のめいくは盛り上がっていたそう。わたしは8年くらい前に一度、めいくの日に豊島のお大師参りをしてお接待を受けた経験がある。お大師さんごとに定番があって、あそこはところてん、あそこはぼたもち、ゆで卵、赤飯、甘酒など、お賽銭をしたらなにか持ち帰らせてくれるからトートバッグがいっぱいになった。
 お接待をする側になるのはほぼ初めて。去年、うちの部落は開けたけれど煮炊きはせず、お菓子用意しただけだったから。めいくは大変だ、という脅しは多方面から受けていた。しかも旧暦3月21日は大抵ゴールデンウイーク近辺で、飲食業は忙しい時期。一体どれだけ大変なんだろうか怯えながらも、やってみたかったからわくわくもしていた。

 当日、7時からと決めたってみんな来るの早いんだからちょっと早めに行こう、と、6時50分に行ったらもう最初の赤飯の米と小豆が釜に入っていた。祭壇には花が生けられ、外には椅子やテントが用意されている。だんだんと集まってきた女性陣はおしゃべりをしながらパックを並べて、ひと釜目の赤飯の炊き上がりを待つ。ボンっとスイッチが落ちて、蒸らし10分。木桶にあけたらこうじんさん(台所の神様)とお大師さんにお供えする。そのあとは流れ作業で小さいパックに赤飯を詰める。人手が足りていそうだったので、わたしは炊き込みご飯の具をひたすら刻む。
 ふた釜目の赤飯のセット。釜にお米を入れ、もち米を入れ、塩を入れ、小豆の茹で汁を入れ、かき回しながら水を目盛まで足していく。こうやって塩を溶かすのね、と言ったら、ほんまじゃな、そう思ってしてなかったけど、そうしとるな、とおばちゃんが答えた。考えてしているのではなくて、身体がそういう風に動くということ。茹で小豆を上に乗せて、スイッチを押し込む。
 パックに詰めた赤飯は、黒ごまをぱらりして輪ゴムでぱちんと止めていく。絶対に来年のために記録をとっておく気満々だったので、ひと釜分の赤飯が何個の小パックに何gずつ入っているのか数えなくちゃ!と、刻みの手を休めて皆の方に寄っていったら、わたしメモってるからあとで共有する、と頼もしい陽子さん。今回、若手組は3名。わたしと陽子さんと陽子さん。ダブル陽子はどちらも大阪出身の10歳くらい年上のお姉さんたち。そのうちひとりはコロナ前のめいく経験済み。頼れる。



 あっちのことは二人とおばちゃんたちに任せて刻みに戻る。えー、豊島流じゃん、細かく刻むね、あんた。と手元を覗き込んできたおばちゃんが言うので、そうなの?豊島流は細かいの?たまたま調べたレシピで細かく刻むって書いてたからそうしてみただけ、と答える。どうやら豊島の炊き込みご飯は具が細かいらしい。すべて刻んでざるいっぱい。米をバケツで研ぐ。
 ふた釜目の赤飯はまず小部落の人たちに配る用を作って、残りはまた小パックに詰めていく。空いた釜を洗って、炊き込みご飯をセット。お米を入れて、具を入れて、醤油とみりんを同割り。無事に炊けますように、と祈る。


 ひとやすみひとやすみ、とお茶でもすすっていると9時頃からぱらぱらと参拝の方がいらっしゃる。お線香とお賽銭をしていただき、赤飯やお菓子を持ち帰っていただく。回ってきた島のおばちゃんたちと世間話。あそこのお大師さんもあいとったで、来年はうちらもやらんとなぁ、ここは若いひとらがおってええな。

 賄いのお汁用にネギが欲しいな、と言ったら、最年長のおばちゃんが畑から採ってきてくれた。絹さやも。絹さやは茹でて炊き込みご飯の上に散らして色味にする。そしたら赤飯にはもみじ添えよか、と、おばちゃんが窓から見えるもみじを摘んで、そっと添える。あってもなくてもいいけど、あったらきれいな一手間。心が潤う。

 島外から毎年熱心に通ってくださる方、たまたま観光に来てお大師参りを紹介されて寄ってくれた方、島の子どもたち、民俗学を研究している先生。祝日だったからか、思ったよりもたくさんの方が参ってくれているように思う。

 お昼。賄いの炊き込みご飯、そうめんのお汁、たくあんの黒ごままぶしを皆で食べる。たくあん、半月に切るだけじゃなくて千切りにしてごまと和えるんだ。

 午後はお隣のお大師さんにお赤飯をおすそ分けしに行って、おはぎと炊き込みご飯をもらった。小雨がぱらついてきたので外の椅子を片づけ、干していた調理道具も取り込む。

 15時、小部落の方たちにお渡しするお下がりを分けて、お賽銭を数えて、材料費の清算をして、解散。くったくたに疲れていたようで、帰宅して寝っ転がってSNSチェックするも顔面に何度も携帯が落ちてくるので諦めて目を閉じた。17時のチャイムで目がさめる。夕飯を作る気力はなく、カップラーメン。

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