満月よりも六日目の月がうつくしい。
ある人:「カッコいい女の人見ると、まじでこの世に男要りませんやんって思うんですが共感してくれません誰か?」
わたし:「ちょっとわかるかも(笑)でも、男性の不完全さって魅力的ですよね。」
ある人:「ですよね!!
んー、そーなのかなぁ🤔男目線だと不完全さの魅力を完全に理解しきれないのかも」
わたし:「たしかにそうかもしれないですね〜!男性は傾向的にそういうの強いですよね。完璧への希求というか。美に対する感じ方やOSの違いかも。」
この一連のやりとりをしたあと、ふと見上げた空には、雲がかかったいびつな月が浮かんでいた。
そうだよな、わたしはきっと、いつまでも、不完全さへのこだわりを持ち続けるんだろうなと改めて自覚した。
美へのこだわりというのは主に二者に分かれると思う。
①完璧な姿を美しいと感じる心
②不完全なものをセクシーだと感じる身体的反応
恐らく、①は、完全性への希求や憧れ、なり得ないものへの投影としての美しさ。
対して②はエロティシズムというか、エロス的な部分での美しさなのではないだろうか。
わたしは、どうしても、不完全なものを好んでしまう、雲がかかった六日目の月を美しいと感じてしまう。
世界は綺麗に出来すぎている。
だから、わたしはそこにエロスを感じないし、もっと不完全にしたいと思う。
みんなが右向け右と完璧さを追求した暁には、一辺倒な美しさしか残らない。
それはもはや美しさなどというものではなく、無機物/無機質に向かうような気がする。
だから、わたしは完璧に抵抗し続ける。
有機物が有機的であり続けるために。
美しさから脱却し、うつくしいと感じる人間でありたい。
友人とシーシャに行きます。そして、また、noteを書きます。