![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/68498274/rectangle_large_type_2_c1b4bd2eab1fe0d79a1018d92ec52ca0.jpg?width=800)
生死を越える姿を「いけばな」から学ぶ
花は生死を越えている・・・
切ってもそのまま
蕾は花を咲かせます。
その姿は、悲壮感もなく
愚痴や恨めしさもありません。
ただ蕾だから
花を咲かせるだけなのです。
![12月①](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/68497523/picture_pc_c6daf03e99c544699961465e3b82366f.jpg?width=800)
《花材》 スカシユリ、秋明菊、古代米、ワレモコウ
「当たり前だよ。だって、花なんだから、咲くさ。」
と、思うかもしれません。
そう、花だから咲くのは当然ですね。
でも、よくよく考えてみると
その当たり前は、今の世の中ではとても難しいのではないでしょうか?
人が何故、生まれて、何故、死んでゆくのか・・・
これも当たり前のことですが、
なかなか当たり前として、死を受け入れられる人はいないのではないでしょうか?
![12月②](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/68497742/picture_pc_5c145232394fd0bd779e43f17fef3b19.jpg?width=800)
秋明菊
花は蕾をつけたら咲くという天命があって、
ただその天命を完うすることだけに存在しています。
たった一つの天命ですが、それを完うする姿は多くの感動をもたらしています。
あなたが、今日、辛いことがあって、
肩を落として家へ帰る道に、フッと小さな花を見つけた時、
止まっていた呼吸が溢れてはじめて、
凍っていた血流が流れはじめて、
心や身体が温かくなりませんか?
![12月④](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/68497969/picture_pc_27bb98734e1a63b8f1b33efbac88f4f3.jpg?width=800)
どくだみの花
「あぁ、この小さな花たちは、ずっとここに咲いていたんだなぁ。」と、笑顔にさえなるでしょう。
花たちによって、辛いという自分の想いから離れることができるのです。
そして、辛さや悩みは自分自身ではなかったのだと気がつき、生命を実感することができるのでしょう。
言葉を持たない花や木々から、気づきというかたちで教えられるのです。
やがて、枯れてゆく花たちは、人が見ていても、見ていなくても咲いて種を残してゆきます。
恐れもなく
迷いもなく
苦悩もなく・・・
天地自然の姿は、人類の姿でもあるはずです。
だから、本来は人も恐れや、迷いや、苦悩もなく、天命を果たそうとする存在だったのでしょう。
でも、そうではなくなってしまったので、天地自然は天変地変で方向が違うことを教えてくれている。
そして、道端の小さな花たちに本来の姿を現して、思い出させてくれようとしているのではないでしょうか?
![12月③](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/68497982/picture_pc_f56cfa747fc1acded48742b57c466dc9.jpg?width=800)
いけばなでは、生ける瞬間、瞬間に木々や花たちと向き合っていると、生命の不思議さに気づかされます。
でも、それは自分の中にもあることなのだと実感した時、生死を超えたいけばなになり、天地自然との調和のある作品となるような気がします。
続きは、さらなる探究録で。
![12月⑤](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/68498022/picture_pc_cb05224460a45a0227bb6d588044877e.jpg?width=800)
《花材》雲竜柳、アルストロメリア、ドラセナ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?