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町の周旋屋

 母親の堕落は、貧乏が全ての現況であり、

お金さえ手元にあれば家は救われる。

 住職からの苦言を得ても、親を見捨てる事が出来ず悩んだ君代は、

最も短絡的な換金手段を選んでしまったのです。

「慶ちゃん、前借金をして奉公に行って見る気はない?」

「町の周旋屋に頼んでみるの?」

 君代は深くうなずきました。

  纏まったお金が借りられるのなら、家を出ることも出来るし

母親が困ることも、反対することもないだろう……。

 一方その頃、母親再婚した継父の暴力や、母が不在の時にその継父に犯さ

れそうになり、今すぐにでも逃げ出したいと思っていた慶子は、

君代の提案に身を乗り出し合意したのでした。

 町の周旋屋は目口吉之助といい、ネオン屋街の通りを一本入った裏通りに

ある長屋風の粗末な建物に住んでいました。恐る恐る二人が訪ねた時、

目口は寝間着姿で一升瓶を抱えていました。

 二人が、奉公先を探している事を伝えると、目口は、

「ただの奉公なら三年で一万円。

住み込みの酌婦なら五万円までは貸すと返してきました。」

そんな大金を見たことすらない二人は、高鳴る胸を抑えつつも、

後日返事をすると伝えその場を後にしました。

 お互いに一晩寝ないで考えよう。

二人はそう約束し家路へと向かいました。

そして、翌朝。

工場で顔を合せた二人は、何も語らずに微笑みを交わしたのでした。

 その日の仕事帰りに、再び目口の家を訪ねた二人は、五万円で奉公先を

斡旋して貰うことを伝えたのです。

目口は二つ返事で承諾すると、内金の一万円をポンと手渡し、残りは三日後

に二人を迎えに行った時に即金で払うと約束を交わし、お金を受け取った

証拠として簡単な書類に署名と捺印を促しました。

 大金を目の前にし、浮足立っていた二人は、書類の内容をろくに確認する

こともなく云われるままに拇印を押し、目口に渡したのでした。

 奉公先は、釧路にある小料理屋に住み込みの酌婦として三年間。

そう目口から聞かされていた君代は、家に帰り母親にその旨を伝えると、

珍しく酒の匂いをさせず、刻み煙草を吹かした母親は、

「で、いくらになるんだい?」と切り出しました。

 前借が5万円であることを伝え、内金の一万円を差し出すと、

母親は、すかさず手を伸ばし、顔をほころばせていたのでした。

 三日後。出発の日に、家に目口が訪れ、残り4万円が入った茶封筒を

母親に手渡しました。

「旦那さん。ひとつよろしくお願い致します。」

 母親は、そういって、頭を下げました。

 目口は、自分と一緒に町中を歩いては人目に付く為、午後の三時に森駅の

改札に来るようにと、君代に待ち合わせの指示をすると、その足で慶子の

家へと向かいました。

 その日、母親は麦飯を炊いてくれました。


それは、父親が亡くなって以来、はじめて口にする麦飯でした。

 ※川嶋康男「消えた娘たち」より

 

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