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第3章 超国家の誕生 第1節 ユダヤ教誕生―中東戦争への因縁と終焉しない戦争

第1章 ジオポリテイ―ク序説
第2章 古代の戦争から読み解く

第3章 超国家の誕生
第1節 ユダヤ教誕生―中東戦争への因縁と終焉しない戦争
第2節 キリスト教誕生―キリストの理想に背反する国教化十字軍戦争のマニフェスト化
第3節 イスラム教誕生―ムスリム帝国建設は地理学的環境決定
第4節 キリスト教 vs イスラム教―聖戦論の本質

第4章 帝国の盛衰
第5章 日本の古代ジオポリティーク
第6章 領邦国家の成立
第7章 ヨーロッパ大陸から新大陸へ
第8章 大陸の鳴動
第9章 主権国家の変革
第10章 戦争の世紀
第11章 戦後処理
第12章 冷戦後の世界

はじめに

ここでは、地政学および “Geopolitik” という文脈において宗教がどのように捉えられるかユダヤ教を中心に考える。

宗教には、信仰や典礼に係る議論、宗派間の宗旨をめぐる対立などがあり、キリスト教やイスラム教においては聖地の帰属をめぐって、あるいは指導者の継承問題が原因で争い、分裂するなど「人が人として歩むべき道」を説く宗教本来の姿からは考えられない、暴力・破壊・殺人、それが嵩じたテロ・衝突・紛争そして戦争までも引き起こしてきた。

戦争は、有史以来、地球上のあらゆる場所で絶えること無く繰り返されてきた。戦いは同一民族・部族内の勢力争いから異なる民族・部族同士の生存をかける争いに至り、民族・部族が領邦・国家を形成して生存圏の奪い合いにエスカレートさせた。それは戦争と名付けられ、一神教が誕生しその一神教を国の宗教とする国によって「神の名の下に行われる戦争は正義」という錦の御旗 を掲げる人類が造り出した最悪の社会現象「戦争」を今日まで増長させて来た。

神の名を騙(かた)る正当性は、クラウゼヴィッツの著した『戦争論』によって「政治の継続」と置き換えられ、正当性を普遍化し、殺戮・破壊の道具を発達させ、一つの戦争が何千万人もの犠牲者を生む規模に至っても戦争の「政治の継続」としての正当性は揺らぐことがない。

日本を除けば現代の戦争は、ほぼ一神教を信ずる人々の国によって引き起こされ惨禍を生んでいる。一神教の神が戦争を督励しているわけではないだろう、しかし「神の啓示 “Manifest Destiney” である戦争」が、今、ウクライナ、ガザで非戦闘員の老若男女を殺戮してはばからない。

仏教国に包含されながら多神教とかアニミズムと言われる日本において、一神教はどのように理解されているのだろうか。

1 ユダヤ教とユダヤ人

ユダヤ人とはユダヤ教徒のことを言う。

天地創造から人間アダムとイブの誕生、二人の息子カイン(農耕民族の誕生)とアベル(遊牧民族の誕生)の神への供え物をめぐって「神がアベルだけを褒(ほ)めた」ことに始まる兄カインの弟アベル殺人、カインの子孫ノアは大洪水に出遭うが、神の教えに従って箱舟を造り「ノアの家族とつがいの生き物」たちが生き残った。

ノアの洪水後、人類は神から救済され、民の始祖としてノアの子孫アブハラムが選ばれた。そのアブラハムは神から息子イサクを供え物として屠(ほふ)るよう求められる。神の命令に従順であったアブラハムは、息子を生贄(いけにえ)とする試練をクリアして、神から星の数ほどの子々孫々の繁栄と生存の地を約束された。神とアブラハムの契約である。アブラハムは、ヘブライ人の部族を率いて神が約束した土地カナン(現在のイスラエル、パレスティナ)に移り住む。

紀元前17世紀頃、アブラハムの子孫たちは、飢饉から逃れてカナンからエジプトへ移住したものの奴隷とされていた。紀元前13世紀頃、その境遇から抜け出る手助けをしたのがモーセである(『モーセ五書-出エジプト記―』)。モーセに率いられた民は、神とアブラハムの契約の地「カナン」を目指した。しかし、カナンにはヘブライ語を使うペリシテ人、カナン人が先住していた。

モーセは神の指図のまま、アブラハムの民を率いてシナイ半島をスエズ湾に沿って南下し、南端のシナイ山(標高2285m)からアカバ湾沿いに北上している。
シナイ半島は地中海に接する部分を三角形の底辺としスエズ湾、アカバ湾を両辺に、頂点を紅海に伸ばす「逆三角形」状に位置している。その東はイスラム教が誕生したメッカやメディナの在るアラビア半島である。

モーセはこのシナイ山山頂で神「ヤハウェ」からの啓示「十戒」を得た。

アブラハムの民がイスラエル人を名乗るようになったのはカナンの先住民ペリシテ人らを排除、あるいは吸収してからであった。そして紀元前11世紀頃には、ユダヤ教の原型となる「天地万物の創造主ヤハウェ(唯一の神)」を信仰する民によって古代イスラエル王国が建国され、その後紀元前930頃、イスラエル王国は分裂し南にユダ王国が建国される。

しかし、イスラエル王国が紀元前721年、アッシリアに滅ぼされ捕虜として囚われ離散し、紀元前609年にはユダ王国がエジプトに敗れ、そのエジプトもバビロニアに敗れユダ王国の民は、ペルシアがバビロニアに勝利してユダの虜囚を解放するまで捕らわれの身分を過ごした。これが歴史上言われる「バビロンの捕囚(BC597-BC538)」であり、これよりユダの民はユダ王国の遺民「ユダヤ」と呼ばれるようになった。

ユダヤ教は、ユダヤ人がバビロンに囚われていた不遇の環境下において成立したと考えられる。モーセの指導でヤハウェ信仰が生まれたものの、民は幾度か神との約束に背き裏切った。それが半世紀にわたり「捕囚」の身に陥る原因と考えたのかもしれない。
バビロンに囚われていた間、「一神教(ヤハウェ信仰)・選民思想・神との契約(律法)」に立ち返り「ユダヤ教の神学」が生まれた。

カナンは、現在のイスラエル・パレスティナ・シリア・ヨルダン・レバノン諸国にまたがっているレヴァントを指して言う地方である。レヴァントは古代から「陽の上がる地」、「肥沃な土地」であって、歴史上はじめて農耕が営まれた地でもあった。

2 ユダヤ教と一神教の系譜

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教はこの同一のレヴァント、中東という地理学的環境において誕生している。

感覚的な物言いだが、ユダヤ教成立後の人類史上、宗教と戦争の関りにおいてキリスト教が最も多く、次いでイスラム教、ユダヤ教が挙げられるだろう。

現に、ロシア大統領プーチンはロシア正教の復活祭やクリスマスに際して教会に赴(おもむ)きミサ聖祭に参列、礼拝し「プーチンの戦争への神の加護」を祈り、聖職者の祝福を受けている。

ガザにおけるイスラエルの攻撃は、ユダヤ教の聖典に示された「ユダヤの敵はペリシテ人(士師記-パレスティナはペリシテ人の住むところの意-)」に原点がある。ユダヤ人であるネタニヤウ首相は、2023年に始まった「ガザ攻撃」について、ヘブライ語聖書『タナハ』の「申命記25章17節」を引用した。
曰く、パレスティナの遊牧民アマレク人との戦いにおいて「アマレクの名を天の下から消し去らなければならない」さらに「サムエル記15章」の「アマレクの民を亡ぼし、彼らの全てを破壊し、男も女も幼児も乳飲み子も、牛も羊もラクダもロバも殺さなければならない」へとつながる。アマレクはイスラエルの敵「ペリシテ人ら」を言い、ムスリムの原理主義になぞらえれば「パレスティナ人を殲滅」しなければ戦争が終わらないという文脈になる。

至近には、イエス・キリストの継承者であるカトリックのローマ教皇が自身の立場を忘れ、一方的に「ウクライナは白旗を掲げ戦争を止めるべき」といった趣旨の発言を行っている。

この三つの宗教は原点において同一神の下(もと)に在って、聖地をイスラエルのエルサレムとしていること、求心力の核心が聖書(啓典)に依拠していることも共通している。

イエス・キリスト磔刑(AC30)はユダヤ教から新たにキリスト教が分岐するきっかけを作った大事件であった。キリストから直接に教導された使徒12人の中、イエス・キリストに後継者(現在のカトリック・ローマ教皇)として指名された筆頭の弟子ペテロがイエス・キリストの「教え」を託され宣教した時代は初代教会時代と呼び、レヴァント、アナトリア、ギリシア、ローマへと宣教が行われていた。

そして初代教会の迫害と殉教の宣教時代を経て、ローマ帝国領域にキリスト教が拡散すると「教会とキリスト教徒」の集団性や信仰の影響力を軽視できなくなったローマ帝国は、キリスト教の公認(313)・国教化(392)に踏み切りキリスト教の時代精神が色濃い時代へと移っていく。

さらにユダヤ教からイスラム教が分岐、誕生したのはキリスト教公認から約300年後である。ちなみに、イスラム教の創始ムハンマドへ神「アッラー」の啓示を行ったのは、イエス・キリストの母マリアに「受胎告知」した大天使聖ガブリエルであった。

ユダヤ人家族はユダヤ教信者であり、ユダヤ人とユダヤ教信者はイコールである。イスラム教信者(ムスリム)の場合も同様にイスラム教家族はムスリムであり、異教徒がムスリムと結婚する場合はムスリムとならなければならない。キリスト教の場合、原則的に信者の子供は洗礼を義務付けられているが守られていない。

しかしここで取り上げているユダヤ教・キリスト教・イスラム教の一神教信者数は、2020年のPew Research Centerの世界の宗教分布推計データにおいて、合計して世界人口の56.2%(約45億人/世界人口約80億人)を占める。これら三宗教の発祥地が中東であって地理学的に言う環境決定的要素も共有している。さらに、これら三宗教の聖地がイスラエル・エルサレム旧市街地に隣り合わせに存在するのである。

端的に言えば、同一のルーツにたどり着く一神教信者が世界人口の過半数を占めること自体が、国家を超えて秩序や価値観を共有し得る十分な超国家性を有している。
しかし、三者同士が、或いは個々の内部で互いに対立すると極端な排他性を発揮して激しく反応する。
歴史的には、ユダヤの対ローマ帝国反乱鎮圧のユダヤ戦争、スペイン・ポルトガルが位置するイベリア半島に建国されたイスラム王朝を排除するカトリック勢力の戦いであるレコンキスタ、十字軍のエルサレム奪還遠征、王位継承戦争、大航海時代の新大陸などの侵略、封建領邦国家が参戦したキリスト教新教対旧教30年戦争、現代ではワシントンの9.11同時多発テロ及び米国のアフガン侵攻、パリ同時多発テロが典型的現象である。

3 ディアスポラの超国家性

宗教の持つ超国家性は、戦争だけではなく影響力の代表としてユダヤのディアスポラがある。ディアスポラ現象は、エジプトへの移民で奴隷生活に陥った時代、アッシリア、エジプト、バビロンとの戦争の敗戦で捕囚となった時代、そしてローマ帝国に対する反乱鎮圧でイスラエルを失いシリア・パレスティナに国が変わった時代、それぞれにユダヤ人が国を追われて世界中に離散し、落ち着き先でユダヤ・コミュニティ―を作ったことに始まった。

他方でユダヤ戦争後、ディアスポラと併行して離散したユダヤ人がシオン=エルサレムに戻る希望と行動が「シオニズム運動」と名付けられ祖国復興運動として現代まで続いた。世界各地に定住し影響力を発揮するようになったディアスポラのグループはシオニズムの後押しをして来た。

ユダヤ人は、「選民」ではなく、キリスト教世界ではイエス・キリストを磔刑につけた、いわば神を殺した「賤民」とされ、ユダヤ人が携わった職業、金融(貸金業)・古物商・行商・マーケットの無店舗販売・ハリウッドの映画産業などは、一般社会から差別を受けた。しかし、今日ではそれぞれの世界で成功し、ユダヤ人が主導する経済、技術、芸能などが国や世界に重大な影響をもたらすに至り、ディアスポラが構築した「ユダヤ・ロビー」が世界を動かすまでになっている。

その代表的事例が1947年の国連決議「パレスティナ分割」であった。

ユダヤ戦争でユダヤ人は祖国イスラエル・ユダ王国から追放された。イスラエルは、ローマ皇帝ハドリアヌスのファミリーネームとローマの守護神を祀るカピトリナの丘にちなんだ名前「アエリア・カピトリナ」に、ローマ属州ユダは「シリア・パレスティナ」と国名を変えられた。

第一次世界大戦時、イギリスが戦争を有利に導く作為をもってサウジアラビア、パレスティナ、イスラエルに領土の保障を担保に味方させた。イギリスが勝利したものの約束は履行されなかった。「イギリスの三枚舌」の言葉が遺った歴史である。
第二次世界大戦後、イギリスの委任統治にパレスティナが抵抗、イギリスが収拾できず統治を放棄した。ユダヤ・ロビーの力が功を奏し、国連はパレスティナを分割、シオニズムで戻ったパレスティナの総人口の三分の一のユダヤ人にパレスティナ領の57%を分割した(国連決議181号)。

ペリシテ人からイスラム帝国の進出でアラブ人の国家となっていたパレスティナであったが、イスラエルに対する「怨恨・憎悪」は消し難い残滓となった。パレスティナに味方する周辺イスラム教国家はイスラエル対し「復讐・報復・雪辱」の「中東戦争」を起こしたのである。

このように、ユダヤ教が直接に戦争に関与していたわけではないが、「ユダヤ教イコールユダヤ人」が「ディアスポラ」あるいは「シオニズム」という超国家的活動をもって国際社会の地政学的、あるいは “Geopolitik” 現象に関わって来た状況証拠は多い。

第2節  キリスト教の誕生―キリストの理想に背反する国教化と戦争のマニフェスト化―
第3節  イスラム教の誕生―ムスリム帝国建設は地理学的環境決定―
第4節  キリスト教 vs イスラム教―聖戦論の本質―

第3章 主権国家の変革
第1節  新大陸における国家誕生―合衆国という新たな連邦共和国―
第2節  フランスの市民革命―「自由思想」の萌芽-
第3節  ナポレオン戦争―国民国家への変革キャンペーン―
第4節  王政復古―封建的時代精神の終焉―
第5節  諸国民の春―連鎖の連鎖―
第6節  帝国主義と植民地―生存圏の拡大―

第10章 戦争の世紀
第1節  RMA―輸送・通信・武器/装備・戦略・戦術・戦法―
第2節  戦争論―普遍化された戦争の正当性―
第3節  地政学理論の萌芽―覇権獲得に特化した征服論―
第4節  世界大戦―一国覇権主義の限界―
第5節  日本の戦争―美学の域を出ない武士道国家の自滅―

第11章  戦後処理
第1節  国際システム―拡大する価値観の共有―
第2節  国家体制の変革―共産・社会主義革命発生の理由―
第3節  国家群の対立―世界の二分化「東西冷戦」構造―

第12章 冷戦後の世界
第1節  新たな戦争―抑圧からの解放を目指す低強度紛争・テロ―
第2節  大国のジオポリティーク―「二極化」から「一極化」そして「多極化」―
第3節  国際システムの機能不全―国際秩序の環境決定的多極化―
第4節  冷戦構造崩壊後の国際社会―不安定化は地政学の突然変異か―
第5節  新たな ”Geopolitik” ―予測可能な世界―