みえないものの価値はみえないだけ
あなたのなかには目に見えない素晴らしいものがある。
サロンやnote、ネットビジネスの界隈で、彼らは君を勧誘するためにこんなことを言う。それはある意味ではあっている。
ネットとリアルの世界では市場が多様にある。たとえばリアル世界でものを売る場合、頭に浮かぶのは古本屋や、古物商。一番有名なのだとブックオフだろう。
ここでは元値600円から700円の文庫本が運が良ければ30円で売れる。
200冊くらい売って、ようやく3000円から4000円くらいだったなんてこともザラにある。
すると、キミの手元には本がなくなり、代わりに3000円が残る。
しかし、ブログがあるともう少しだけ選択肢が増える。キミは読んだ本の感想をブログに投稿する。それをTwitterで宣伝すると同じ本を読んでる人からフォローされるし、運が良ければ、その本の編集や著者からリプやいいね、RTがもらえる。さらに運が良ければキミがブログ以外に書いている携帯小説やカクヨム、小説家になろうに投稿しているネット小説、pixivに描いた漫画やイラストも読んでもらえるかもしれない。さらに、ブログに広告をつけてあればクリックによってお金がもらえる。
こうして500円の本を読んだ後、それを30円のお金に変えるだけでなく、その経験をブログにすることで200円に、さらにはそれが500円あるいは5000円につながるかもしれない小さなギャンブルにも挑戦できる。
ただし、こうやってつめていけばわかるようにネットのみんながいう、キミにはキミにも気づかない見えない価値があるとは、見えないだけで、その価値とは魔法のような特別なものではないことがわかる。
ネットはキミの中の見えない価値がお金や評価や仕事、ライフスタイルなどの別の価値に変えれるかもしれない場だ。しかし、それによって可視化される価値をもっている人は意外と少ない。僕ももちろんそうだ。
自分にはなにかあるはずだ、から自分にはなにもなかった、に変わっただけだった。しかしそれはそれとして、じゃあここで0から1を足していくにはどうすればいいか、を考えていくべきだ。
自分が上手くいかないのは何か上手いこといくテクニックがあるからだ、と。ネットビジネスで儲かってますよという情報商材に手を出すのは悪手だ。
ネットは特別な場所であるが、僕もキミも特別な人間ではないかもしれない。だったとしてどうするか、というのが考えていくべきことなんじゃないだろうか。
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