異世界ひろゆきについて

現在、となりのヤングジャンプで『異世界ひろゆき』の期間限定の無料公開が行われている。

現在、「次にくるマンガ大賞」が開催されており、投票期間は7/10までとなっています。その間、『異世界ひろゆき』は無料で公開されています。

私の観点からすると、『異世界ひろゆき』は次に注目すべきマンガとして推薦したい作品です。この機会にぜひ読んでみてほしいと思います。

『異世界ひろゆき』とは、読んで字のごとく、異世界にひろゆきが転移する作品です。ひろゆきとは、実在の有名なインターネット論客で、その鋭い洞察力と独自の視点からの分析によって多くの人々に認知されています。あらすじは次のようなものです。

 ひろゆきが転移する異世界では、100年に一度、勇者の召喚が行われていた。しかし、大魔王ベゲーグが率いる魔王軍は1000年前に召喚された直後の勇者をそのまま殺してしまうハメ殺し作戦を行う。これにより、長期にわたる勇者の不在が続いた異世界では魔族の支配が続いていた。
 そして、1000年経った現在、今年も魔族は召喚士に勇者を召喚させる。いつものように、召喚してすぐに殺すはずだったベゲーグだったが、儀式を行っても勇者は召喚されなかった。儀式の失敗だと考えた魔族たちだったが、今回の勇者は召喚に遅刻してきていたのだった。
 遅れて現れたひろゆきに虚を突かれるもすかさず彼を殺害しようと攻撃するベゲーグ。しかし、その時すでに彼のスキル、『論破王』が発動していた。それは、互いの一切の物理攻撃を排除し、言葉での心理的ダメージが実際に、相手の身体に反映されるというものだった。

かなり面白いです。無料期間の今のうちにぜひ読んでほしい漫画です。
織田信長や太宰治などの有名人が異世界に転移する漫画は多く存在します。

今回の異世界転移で異色なところは現在生きている実在の人物が異世界に転移したというところです。ひろゆきさんは、私でも名前を知っているくらいの有名人で彼のしゃべり方や考え方はパロディ化されやすいほど周知されているとはいえ、いわゆる「ひろゆきらしさ」を長期の連載で維持していくのはすごい難しいことだと思います。それが16話の現在でも、ひろゆきがキャラ崩壊していないし、異世界ものとして面白い。

この作品の面白いところは、異世界でひろゆきがどうするのか、という作品でなく、異世界にひろゆきが現れたどうするのかが描かれているところだ。

ひろゆきをゴジラのような、異世界の常識を揺るがす人災のように描いているんです。

既存の異世界転生ものと比べて、本作の特性上、考慮すべき点があります。
ひろゆきという、実在の人物を主役とする作品の性質上、ひろゆきの成長が描けないという制約があります。
これはドラえもんやクレヨンしんちゃんの劇場版でもいえることですが、ある種の確立された人物像のあるキャラは、そのキャラとは違うことをさせることができない。つまり、映画の中で心理的な成長をさせることができないんです。
異世界ひろゆきでも、異世界に転移したひろゆきが異世界で成長してひろゆきらしくない行動をとることはできないのです。例えば、異世界の住人たちとの交流に感化されたひろゆきが、感情の損得で自分の危険を顧みない行動をとるようになることないでしょう。そうなると、物語上で人物の成長を描く場合、誰が役目を担うのか、と言えば、ひろゆきの周囲の異世界の住民たちである。

ひろゆきは異世界で「論破王」という言葉による精神的ダメージを具現化させるスキルを手に入れます。スキルの発動中はひろゆきも相手も物理的ダメージが無効化されます。これにより、武闘派であった大魔王のベゲーグが権威が失墜し、今まで武力で優位に立ってきた者たちがひろゆきの前で不慣れな戦いを強いられる。その変革に乗して、自他ともに頭脳派として認められていた魔族たちが最初は偶然で、次第に意図的にひろゆきと闘うことになる。

この時に、物語としては魔族とひろゆきがディベートをするという流れになるんですけども。その流れで、ひろゆきの言葉でダメージをくらったり、対話を繰り返していくうちに、自身の過去を回想していったりして、絵的にかなり映えていて、面白いんです。

魔族のなかで頭脳派に位置づけられていますが、武力で権力が決まる異世界ではベゲーグの部下の地位に甘んじなければいけなかった。しかし、ひろゆきが現れて、実際にその頭脳を活かす場面になった時に、果たして自分は本当に頭脳派なのか。自分は冷静に物事を判断できているのか、という問いがひろゆきと敵対した魔族に対して行われているのが、かなり他では読まないような読み味がして面白いです。

私は原作者の戸塚たくすさんの作品をアマチュア時代のWEB連載『オーシャンまなぶ』から好きで、その後裏サンデーで始まった『ゼクレアトル』もリアルタイムで追い続けてきました。
2作について簡潔に言うと、
『オーシャンまなぶ』は暴力で賢い両親を殺されたまなぶが、言葉の力が具現化される島に行き、その島にいる神様との戦いを支援して、世界を暴力でなく、言葉の力によって決まる世界に変えようとする話です。
『ゼクレアトル』は神様に読ませる漫画をつくるために、漫画の世界を創造し育てる話です。その世界は不老不死の存在によってつくられたことが明らかになります。

本作の『異世界ひろゆき』では、『オーシャンまなぶ』で描かれた「世界は言葉の力によって成り立つ世界になるべきだ』と、『ゼクレアトル』で描かれた「不老不死となった時、私の生きる目的、喜びはなんなのか」の二つのテーマが内包されていると感じます。

前者は、自身の戦闘力で大魔王の地位を得ていたベゲーグが、ひろゆきの存在により、戦闘力を失い、一時的に魔族が瓦解し、頭脳派がそれを再構築しようとしているという流れがそうであると考えます。

彼らはそれぞれの異能や持ち前の頭脳で、ひろゆきと闘うことになりますが、彼との対話により、自身の生き方の根底を揺さぶられることになる。
それによって、心理的な成長を遂げる流れは、前作を知っている読者からすると感慨深いものがあります。

後者は、ベゲーグを倒したひろゆきが、人里を目指す旅の途中で出会う不死鳥ハヴェール。彼は自分が不老不死であることで自分には揺るがない価値があると考えていた。そんな彼に対し、不老不死に意味や価値があるのか、というテーマで彼と対話する。

そこも前作の『ゼクレアトル』に描かれていた不死者に生きがいや喜びがあるのか、という問いに対しての明確な答えになっている。

本作では、キャラクター同士の対話が物語を動かす基盤となるのですが、言葉による心理的ダメージが肉体に反映されるという設定により、それが絵的に映えて面白いです。

オススメの作品ですので、ぜひ読んでみてください。


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