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7月9日のお話

2021年7月9日。

今日は独眼竜ムネコと従猫ジーについてお話ししましょう。

二匹は、昭和記念公園を根城にする武将猫です。武将猫とは、縄張り争いのための戦いを好み、領地拡大のために他の猫と様々な交渉を繰り返す猫たちのことを指します。

ムネコはその字名が指す通り、片目の猫です。彼女がまだ子猫の頃、巻き込まれた騒動で片目を失いました。その時は命からがら逃げ出しましたが、後から振り返ると、その時のスリルと闘いのあれこれにすっかりハマってしまいました。

戦いが好きだから、とにかく戦う。そうやっているうちに、ムネコは経験を重ね、今では戦いで彼女の右に出る猫はいなくなりました。

そんなムネコにずっとついているのが、従猫のジーでした。ジーはかつて、公園から少し離れた、住宅地あたりで暮らしていた雄猫です。彼は若猫のころ、もっと自然あふれる場所に住んでみたいと思い、噂に聞いていた昭和記念公園エリアに向けて旅に出たのです。

同じ市内ですが、猫の足では丸一日かかる旅路の末、昭和記念公園で彼を待っていたのは、熾烈な縄張り争いでした。新参者は真っ先に攻撃されるのです。

憧れていた自然の多い場所での暮らしは、大変過酷なものになりました。

そんな時、ジーは独眼竜ムネコと出会います。

ジーが出来るだけ争いを避けようと、公園の草陰で隠れるように昼寝をしていた時のことです。少し離れたところにいる猫の一丸が、何やら相談している声が聞こえました。その内容は、右目を失っている猫に対する攻撃方法でした。

どうしても視界が狭くなる右側から、常に攻撃を仕掛けることで勝とうとするその作戦に、ジーは嫌悪感を覚えました。

いくら縄張り争いが激化するここでも、そういう姑息な猫が実権を握るようになるなは見過ごせません。これ以上、居心地が悪くなるだけです。

その作戦が、今夜決行されるらしいというところまで聞くと、ジーは、彼らに気づかれないようにこっそりとその場を離れると、彼らが話していた片目の猫を探して走り出しました。確か、中央エリアあたりに縄張りをもつ猫たちのボスが、独眼竜と呼ばれていました。きっとその猫です。

ジーは独眼竜ムネコの縄張りで、敵でないことを必死で訴えながら、ムネコを探しました。敵意はなくても、別の群れの縄張りに入ると、どうしても攻撃されるのは避けられません。しかし、そうなってでも、伝えなければいけない気がしたのです。

戦いを避けていたジーが、昭和記念公園で暮らすようになってから、一番傷を負ったのは実はこの日でした。ジーは弱いわけではないのですが、敵意のないことをつたえるため、この日、独眼竜ムネコを探している間は、反撃することが出来なかったからです。

ようやくのことで、探していた独眼竜ムネコの前にたどり着いた時は、血だらけという状況でした。

敵ではない!と叫び続ける血だらけの猫を、ムネコは奇妙なものを見るような目で、そして警戒たっぷりな態度で迎えました。

彼はムネコだけにこう言いました。

「あなたの目が見えない方からの一斉攻撃を計画している敵がいます。」

そんなことを伝えるためだけに、直接会えるまで、部下たちの攻撃を受け続けてきたのかとムネコが聞くと、彼はそうですと答えます。

「右側からの一斉攻撃を行い続けるためには、あなたの側近を右側から遠ざける必要があります。あなたの弱点が右側だというのは、あなた自身もあなたの側近も認識していることでしょうから。」

淡々と話すジーの言葉に、ムネコはハッとしたように目を見開きました。

「…まさか。」

ムネコは、彼が何を訴えたかったのかを理解しました。

「あなたは側近に裏切られています。」

側近の裏切りがないと、右側からの一斉攻撃は成立しない。そう考えたジーは、これは本人だけに伝えなければならないことだと思い、ここまで駆けて来たのです。

そう言われた方のムネコにも、思い当たることがあったのでしょう。神妙な表情でうなづくと、まずはあなたは休むべきだと、敵ではないことを周りに伝え、休ませるように指示をしました。

「日が沈む頃には、ここに戻ります」

ジーはムネコにそういうと、気を失う寸前のような様子で、休息場所へ向かいました。


夜になり、案の定、ムネコは敵の襲来を受けました。そしてそのタイミングで、案の定、いつも右側を固めてくれていた側近がみんな見当たりません。

ふぅっとため息をつき、ムネコは一人、敵に囲まれて覚悟を決めました。

その時、ムネコの右側に、バッと飛び出してきた猫がいました。先程休みにいかせたジーです。

あれほど傷だらけだったのに、ジーはムネコの側近たち全員が右側を守っているかのような働きを、一匹でこなすほどの強さです。

抵抗がないから成功する、と聞かされていた攻撃側の猫たちも、思わぬ邪魔が入ったことで動揺し、退散していきました。


そんな出会いから、ジーはムネコの唯一の従猫として、行動を共にするようになったのです。

あの攻撃のあと、ムネコは自分の広大な縄張りを、裏切った側近たちに「これまでの礼だ」と言って分配しました。自分は大きな縄張りはもう持たずに、自分に必要な最低限の場所をさすらい生きていく、と言う独眼竜ムネコに、側近たちは驚きました。

そして、裏切った咎めがあると思っていたのに、縄張りの分配をもらってしまったことに心を痛め、「自分たちは今後ずっと、ムネコ様の縄張りを脅かすことはしないし、脅かすものがいたら排除する」ということを誓いました。


ムネコは、ふと、懐かしがるように後ろに控えるジーにその頃の話をしました。

「あれから私はとても平穏な日々を過ごせている。縄張りを全て裏切った側近に渡すという、ジーのアイデアの効果はすごいな。」

そう褒めるムネコに向かって、ジーはのんびりとした口調で返します。

「私も、おかげさまで平穏に暮らせています。私が欲しかった自然の中での平穏な暮らしを手に入れられたのは、ムネコ様のおかげです。」






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