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7月8日のお話

カリノはパンが大好きです。

パンは大好きですが、たくさんは食べられません。なぜなら彼女は、小麦にアレルギーを持っているからです。カリノは、一週間の小麦の摂取量が一定値を超えると、身体が、痒くなる体質でした。

しかし、残念ながらカリノは大好きなのです。だからこうして、今日もパンを買いに来てしまいました。焼き立て温もりがほんのり残る、チョコチップの入った丸パン前を指に乗せると、カリノはふと考えます。

普通なら、そろそろパンを買うのをやめているのだろう。

自分のような体質の人は、「普通なら」小麦アレルギーとして、小麦がたくさん入っているパンは買わなくなります。いくら好きだからと言っても、避けるようになるのが一般的です。

でも食べてしまう。買いに来てしまう。この自虐とも取れる行為の繰り返しは一体なんなのでしょうか。我慢ができない?意志が弱いのか、習慣が変えられないのか。パンを食べた日の翌日、痒くて眠れない夜が訪れるのもわかっているのに、それなのにこうして手の中にパンがあるのはなぜでしょう。

それはきっと、パンを食べないという世界が、カリノにとって存在しない世界だからです。そもそも彼女の世界には、買わないという選択肢がないことが理由です。

カリノはパンが大好きです。だから、買わないという選択肢は、存在しません。彼女にとって不都合なので目を背けたいもののため、目を背け、普通の人が訝しがるほどに、痒くなるのはわかっていても、パンを買う、ということを繰り返すのです。

しかし、カリノの名誉のために断っておくと、パンに対してはそのような調子ですが、カリノは仕事や人間関係については、自分の判断を、貫くということを徹底しています。

不可解な行動をとるのは、パンに対することだけなのです。

人は、その様々な個性の中で、ある特定のものに対して、盲目になると、周囲からは不可解な行動をとることがあります。つまり、すべての行動を理屈で固められない脆弱性を持ち合わせているのかもしれません。

カリノはたまたまそれがパンでしたが、人によっては、パンではなくて、家族や友人の場合もあるし、少し厄介ですが、仕事の場合もあります。そして一番メジャーな事例は恋人に対してそれが起こる時。それは、有名な「恋は盲目」の状態のことだと気づくことができます。

そこまで考えたところで、カリノは、最近噂に聞いた、仕事で11回回近くも昇格試験に落ち続け、それでも受け続けているという社員のことを思い出しました。

その噂を耳にした時は、仕事をなんだと思っているのか、とか、何も気付かないのかとか、不可解に思ったものです。

しかし彼のそれも、痒くなると分かっていてもパンを買うカリノのように、仕事というものに対して、何か盲目になっているのかもしれません。

つまり、試験を受けるという選択肢以外に蓋をしているのです。その選択肢とは、試験を受けずに転職をするとか、適性がないと諦めて、試験を受けないなどです。果たして男が、どういう理由があり、どういう不都合な真実を持っているのかはわかりませんが。

それが分かったら、もう少し、その社員に寄り添った物の見方ができるように思いました。人事部というのは、望まなくてもそういう不良社員の話が耳に入ってきます。そういう存在について、どうしたものかと問題視しがちでしたが、もう少しフラットな目で見てみるのも必要かもしれません。だって自分も、どうしてもパンをやめられないという、脆弱性を抱えているのですから。

今日は2021年7月8日。夜はその社員が所属する部署の部長に誘われて飲み会があります。彼の話が出るかどうかはわかりませんが、すこしだけ、ポジティブな切り口で、話をしてみようかなと、カリノはそういう気持ちになりました。


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