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11月22日のお話

「結婚しよう。」

沖縄でサーフィン教室を営むセージが、彼女のミキにそう気持ちを伝えたのは、一年前の今日でした。「ベタだけど、良い夫婦の日にプロポーズをするっていうのは、記念日を忘れない意味でも良いよ。」そんな風にアドバイスをくれた地元の飲み仲間に従ったわけではありませんが、タイミング的にも、このくらいだろうと彼は思ったのです。

ミキとは、当時、彼女の仕事の転勤の都合で、遠距離恋愛になって半年、というような時期でした。やはり距離があるとうまくいかないかもしれない。そうお互いになんとなく思い始めていた頃、なんとミキが東京での仕事をやめてセージの近くにいることを選び沖縄に帰ってきたのでした。

それが、一年前の今日から、2月ほど前。ミキのことを、まさか仕事を辞めるようなタイプだとは思っていなかったため、セージは心底驚いたと同時に、そこまで自分を愛してくれていたのだという喜びと、これは、結婚の覚悟を決めなければいけないという重さとが入り混じった感情を抱きました。

沖縄で付き合っていた年月も含めるともう3年。お互いに良い年齢だし、結婚を先延ばしにする理由も見当たらない。セージにとっては、一年前の今日はそういうタイミングだったのです。

もちろん、ミキは、それはそれは大喜びでプロポーズを受け入れてくれました。大粒の涙が彼女からこぼれ落ちるのを見た時、セージは、こんなに自分を愛してくれる人と結婚するのだから、幸せなことだ、と心がじんと温かくなるのを感じたのも事実です。

ところが。それから一年が過ぎ、初めての結婚(プロポーズ)記念日を祝うディナーを予約していなかったということで、ミキと大喧嘩をしてしまったのです。予約は男性がするものだ、と考えているミキは、それを怠ったセージに対してとても悲しそうな瞳で責め立てましたが、元来そういうことにマメではないセージは「俺が記念日とか苦手なのわかってるだろ」と自分のスタンスを曲げようとしません。そうして喧嘩は平行線のまま、太陽はぐるりと南中を過ぎ、陽が傾きかける時間になっていました。

頭を冷やしてくる、とミキが家を出て行った後、セージは、ミキが帰ってきた時にいないとまた面倒なことを言われそうで、自分も出て行くわけにもいかず、かといって、頑なな性格が邪魔をして、今更店の予約を探す気にもなれず、手持ち無沙汰のままぼんやりとスマホを眺めていました。

SNSを開けると、いくつ目かの投稿に、昨年の夏に偶然再会した10年前の元カノの投稿がありました。両親と、両親の結婚記念日を祝っているような様子の写真に、なんとなしに「いいね」を押すと、しばらくして個別メッセージで彼女から連絡がありました。

「いいね、ありがとう。久しぶりにいいねがついたから思わず連絡したくなったよー。そっちはどう?コロナ落ち着いたら沖縄に遊びに行こうと思うんだけど、今、観光地はどうなのか教えてくれたら嬉しい。」

再会した時にSNSはお互いに登録したものの、元々セージがあまりSNSをやらない、発信も全くせずにたまに見るだけということもあり、こういう交流は本当に久しぶりでした。

こっちは色々大変だけど、高級リゾートは盛り上がってるよ、と当たり障りのない概況を返信して見ると、そこから、普通にいくつかの質問がきて、回答をして、というやりとりが続きました。

「今、実家でのんびりしていて暇だったから。」

そういう元カノからのメッセージを眺めていて、ふと、セージは彼女に「カリノは、結婚とかしないの?去年彼氏いるっていってただろ。」と、そういうメッセージを投げかけてしまいました。既読がついた後、少し、返信がなかったため、セージは不味いことを聞いたかなと焦りました。昨年再会した時は、今にも結婚しそうなくらい仲の良さそうな様子を教えてくれたこともあり、自分たちのように実はもう結婚していたりしないのだろうか、とそんなことを考えて気になってしまったのです。

彼女からの返信は、「結婚は、まだできないかな。しないかもしれないし。でも仲はすごく良いよ。去年よりも良いかも。」と、さらりとした感じでした。

結婚はしないけど仲はすごく良い。30代も後半になって、そういう男女の恋愛関係というものはあり得るのだろうか。沖縄と東京では、そういう価値観も違うのかもしれないと思いましたが、結婚という関係に、まさに今日、難しさを感じていたセージは、さらに突っ込んだ質問をします。

「結婚って、なんだと思う?親御さん、おめでとう。40周年なんだろ。すごいよな。」

SNSの投稿の話題を盛り込んでしまうあたり、ストレートに聞けない自分を情けなく思いながら、セージは送信ボタンを押します。次は間髪入れずに返信が届き、そこにはこんな風に書かれていました。

「親を見ていて思うのはね、結婚って、夫婦がお互いにお互いの完全な味方であることを約束して、それを守り続けることだと思う。」

お互いにお互いの完全な味方。

「親も、喧嘩はもちろん、離婚の危機的な色々もあったけど。子供ながらにそういうのは気づくんだけど。なんだかんだで40年やってきてるわけだもんね。それは多分、最後の最後で、お互いの味方であり続けていたからだと思う。何をやっても、夫だけは私のことをわかってくれる。妻だけは自分の支えでいてくれる。そういう感じじゃないかな。」

長文で、そんなメッセージが送られてきます。そういえば、さっき「いいね」を押した投稿にも、そんなことが書いてありました。彼女からのメッセージをながめ、セージは自分とミキの関係で、それが出来ていたかを思わず振り返ります。そういう観点で、お互いを見たことはなかったかもしれません。

「私の場合は、今の彼氏がすでにそういう存在だから、あえて、結婚には拘らないというか、拘れないというか。セージさんはどうなの?」

そのメッセージと、最後の問いに、セージは反射的に、「実は、去年結婚したんだ。言えてなくてごめん。今日は結婚記念日で。」と返事をします。なんとなく、「今の彼氏がすでにそういう存在だから」という文章に、惚気られたような気がして対抗心が出てしまったのかもしれません。セージには、そういうところがありました。1年間、なんとなく、報告するのも変かなと思い言えていなかったことが、こう反射的に言ってしまったことは軽率だったかとも思いましたが、そんな心配は、次に彼女からきたメッセージで打ち消されました。

「えー!それはおめでとう!早く言ってよー。お祝いし損ねたわね。というか、結婚記念日にごめん。ちゃんと奥様、かまってあげて。おめでとう!きっと素敵な奥様なんだろうね。私が結婚なんて語るより、セージさんの方が先輩じゃない。恥ずかしいわ。素敵な夜を過ごしてね。」

明るく書かれたそのメッセージを見て、セージは安堵と共に、なぜか胸のおくがチクリと痛みました。そして、自分は何に安堵して何に心が疼いたのか、と自問しつつ「サンキュな。」と返してメッセージを閉じました。

そして、知り合いの営む浜辺のバーベキュー店へ電話します。当日の直前に、わがままを聞いてくれる先は、知り合いの店しか思いつかなかったのです。少し照れながら、結婚記念日のお祝いをしたいからムードのある内容で、と相談をして、夕暮れ前の時間に予約を入れました。

お互いの味方であるなら、ミキの主張を肯定するのが夫の正解なんだろう、そう考えての行動です。しかし電話を切ったあと、ミキからのメッセージが着信しているのを見て、セージは再び頭を抱えることになりました。

「セージ。ごめんね。頭を冷やしたよ。予約とか、私の方が得意なのは私もわかっていたし、これまでもそうしてきたから。予約、以下のお店でしておいたよ。最初からこうすればよかったのに、本当にごめん。」

ミキのメッセージの後に記載されていたのは、名護にある有名なホテルのレストランだったのです。

彼女も、セージのことを肯定した結果、こういう行動を取ったのだろうということは、彼にももちろん理解できます。そして、この場合、先ほど自分が予約した知り合いのバーベキュー店への予約をキャンセルすべきだということも理解できます。夫婦がお互いにお互いの完全な味方であることを約束し、それを守りながら行動するということは、今回の場合、こういうことでしょう。

しかし、先ほどカリノが言っていた言葉、SNSに投稿されていた両親の幸せそうな笑顔と、妙に”別物”感があるのはなぜでしょう。

今の彼氏がすでにそういう存在だから、と書かれていたカリノのメッセージが頭をよぎります。相手が必ず自分の味方でいてくれる、と信じられる状況と、自分が相手の味方である努力をするのは違うのでしょうか。本当に、ミキの今回の行動は自分の味方をしてくれているものなのでしょうか。

私が結婚なんて語るより、セージさんの方が先輩じゃない。

素敵な夜を過ごしてね。

悩みながらも、そう言われたカリノからの言葉がセージのプライドを刺激して、セージは「これが結婚っていうものだ」と自分の気持ちを整理します。そしてミキにこうメッセージを送りました。

「こちらこそごめん。ミキが俺のために色々考えて行動してくれること、愛情を感じるよ。俺は幸せ者だな。サンキュな。」

「今から家にもどるね」というミキからのメッセージに、怒りや悲しみが紛れ込んでいないのを確認し、セージはひとまず安堵のため息をつきました。今夜はうまくやれるようにしよう。そう気合を入れて、予約キャンセルの電話を入れた後、セージは急いで”ホテルのレストラン”に似合う洋服に着替えに取り掛かりました。

FIN.










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