初めての読書

(2004/08/30記)

 絵本の読み聞かせなどではなく、生まれて初めて自力で読み上げた本を私はハッキリと覚えている。

 なぜならその1冊が今も書棚にあるからだ。佐藤暁(さとる)さんの『赤ん坊大将』(講談社文庫)。カバーも表紙もとっくになくなり、目次どころか本文ページも数ページに渡って破けた文庫本を、何度読んだか想像することもできない。

 両親が私にこの文庫を買い与えたのは、呆れたことに私が7歳のときである。動物と機械の言葉がしゃべれる不思議な赤ん坊の活躍に私は夢中になった。

 モモンガスーツを着なければまだ身動きもままならない赤ん坊が、ともだちのモモンガや目覚まし時計とともに、ショベルカーに乗り移ってしまった恐竜の魂と会話を交わし、時間を超えて昔話の世界を旅するファンタジーは私の読書体験の劈頭を飾る名作である。

 これほど虜になって読んだ本は、その後、中学2年のときに読んだ新井素子さんの『…絶句』(角川書店)くらいではないか。

 意地もあった。当時、親戚中で神童の名を恣にしていた私は、ある日、本書を繙くうちに、どうしても分からない四字熟語(?)と出会い、大学生だった叔母になんと読むかを尋ねた。すると叔母は、いたいけな小学生にむかって、こう言い放ったのである。

「あーら、カミヤリュウスケちゃんともあろうモノがこーんな漢字も読めないの」

 私はこの屈辱をよく看過せず、大泣きしながら母親のところへ駆け込んで辞書をねだった。

 母が私に与えたのは西尾実、岩淵悦太郎、水谷静夫らの編になる『岩波国語辞典』の第三版だった。これが以後30年、第六版まで続く『岩波国語辞典』との出会いである。こうして私はようやく謎の四字熟語が「高速道路」であることを突き止めた。

 その後、佐藤暁さんの他の作品を読み進め、次いで日本SF、ノンフィクション、純文学、古典へと私の読書は広がっていった。単行本を手にするのはもうすこし後だが、小学校、中学校の乱読、耽読時代への助走となった原体験は間違いなくこれだ。

 病高じて編集者にまでなってしまったが、仕事として本に関わるいま、本と出会って幸せだったかどうか、真正面から問われると一瞬答えに詰まらないでもない(苦笑)。

 だが、読書の喜びを知っている、と胸を張って言えることは幸せなことなのかもしれないと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?