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学会・研究大会のこれから

(2024/06/24記)

 この週末参加した日本比較政治学会で、ちょっと驚くような発表がありました。

 来年以降、研究大会を対面とリモートの交互開催にするというのです。

 最初は「えー」と思いました。しかしよくよく考えると、中小規模の学会の今後を占う上で、これは大英断となるかも知れません。

 コンベンション方式でない大会は主催・開催校に大きな負担をかけます。数百人単位の会員の受け入れ、会場の設営・管理、受付業務や懇親会の準備もあります。

 先生も学生もたくさんいる大規模校はともかく、小さな学校が容易に引き受けられるようなことではないのです。

 と言って、限られた大規模校に依存していては不公平感が募るばかりでしょう。

 なにより今日、大学教員は教育や研究のみならず、かつて事務方の範疇であったような所務から学生の生活指導(?)にいたるまで、膨大な作業を抱え多忙を極めています。

 必ずしも本務ではない学会の運営や大会の実行について、積極的に効率化、コストダウンを図らなければ、学会員になることのデメリットが大きくなり過ぎ、少子高齢化に伴う会員減少トレンドも相俟って、継続の難しくなる学会も出てきかねません。

 だとすると、コンベンション方式を採用できるほど大きくない学会において、これはやむを得ない時代の流れなのではないでしょうか。

 私立大学には未だに学会(研究大会)の開催を「誉れ」とするありがたい風潮があって、場合によっては学校から資金的な補助や施設使用の優遇をいただけることもあるようですが、逆に国公立大学では、近年、バカにならない額の施設利用料を要求される場合もあるそうで、こうしたことも主催校方式の機会不平等を加速させています。

 比較政治学会に話を戻すと、大会への隔年リモート導入措置には、女性研究者の負担軽減という企図もあるそうです。

 確かに、コロナで多くの学会がリモートになった際、遠隔地の研究者と女性研究者の参加比率がグッと上がった印象があるので、そう考えるととてもいいことだと思います。

 ただ、学会報告以上に懇親会、二次会(ゴリゴリの酒席)で多くの著者と出会い、語らってきた編集者としては、対面が二年に一度となり、チャンスが半減してしまうことには率直に危惧を覚えます。

 研究者同士の出会いはそれなりに担保されていても、研究者と編集者の出会いの場はそれほど豊富ではないからです。

 統一論題前に立ち話をした藤原帰一先生も、そこはどうかと思っているんですよ、とおっしゃっていました。

 今年は実験的に、お酒の入る初日夜の懇親会を取りやめ、二日目(日曜)の昼間に「Lunch Meetup」と銘打たれた親睦の機会が設けられていました。

 どの程度機能するか、と思いつつ参加してみましたが、お世辞にも「夜の公共圏(笑)」の代替になり得るモノとは言えませんでした。

 その後もセッションがあるわけで、いくら会場に関西のソウルフードが並んでも、真っ昼間から「豚まん」と「みっくちゅじゅーちゅ」で深い話はできません(笑)。

 さすがに次回(再来年)以降は初日夜の懇親会は復活させるのではないでしょうか。

 とはいえ、私みたいなロートルが「対面がいいなぁ」とか「お酒の席で話したいなぁ」なんて思うことすら、もはや時代遅れの繰り言感があります。

 もしかするとアカデミアは長期的に、コンベンション方式の大きめな学会と基本手弁当のこぢんまりした研究会という二極化に向かうのかも知れませんね。

 個人的には寂しいかぎりですが、後世「あのとき大会を隔年対面に切り替えたから比較政治学会は生き残ったのだ」という評価になるやも知らず、そこは大いに期待をかけたいところです。

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