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学芸賞今昔 その2

(2022/11/27記)

 過去44回の歴史を見ていくと、既に廃業してしまった出版社の名前も現れる。

 1986年の社会風俗、1987年の芸術文学、1992年の政治経済を獲得しているリブロポートは1998年に廃業している。上記の3冊を担当したのは早山隆邦さんだ。

 白石隆さんの盟友にして、エドワード・サイードの『想像の共同体』の紹介者。ネオアカの時代を牽引した有名編集者のお1人である。筑摩書房でキャリアをスタートし、リブロポート、NTT出版を経て、現在は1人出版社、書籍工房早山を営む。

 8回受賞の名門、創文社が2020年での解散を発表したのは2016年のことだった。取締役だった相川養三さんからご連絡いただいたときはショックだった。

 同社最後の受賞となった2005年にはちょっとしたエピソードがある。

 この年、政治経済部門を取った宮城大蔵さんの作品(創文社)と思想歴史部門を取った関口すみ子さんの作品(東京大学出版会)は、前年に創文社から東京大学出版会に転じた山田秀樹さんの、転職前最後の仕事と転職後最初の仕事だったのである。戦慄の偉業に編集者仲間が色めき立ったことは言うまでもない。

 1988年に政治経済を取ったサイマル出版会が、そのわずか10年後、「景気低迷」を理由に廃業したときは、ずいぶん諦めの早いことだと思った。日本の出版業界が戦後のピークアウトに達するのは1996年なのである。

 ハルバースタムやハンチントン、ジェラルド・カーティス、ロバート・ホワイティングなどの翻訳を中心とする出版活動は堅実なものでロングセラーも多かっただけにもったいないことだった。

 1984年に三浦雅士さんの『メランコリーの水脈』で芸術文学を獲得した福武書店が文芸人文系の書籍から手を引いたのは1990年代後半のことで、結構尖った作品を刊行していただけに方針転換と社名変更は惜しまれる。

 記念すべき第1回(1979年)の社会風俗を取った藤原房子さんの『手の知恵』を刊行した山手書房や、1983、1984、1985年の芸術文学を取った瑠璃書房、美術公論社、芸立出版も現存を確認できない。

 1990年に石川九楊作品で思想歴史を取りながら倒産、その後、新社が事業を引き継いだ同朋舎出版はまだ幸いで、同じ年に長谷川櫂作品で芸術文学を取った花神社、1993年に馬渕明子作品、1995年に今橋理子作品で2度も芸術文学を制したスカイドアも、今や幻の出版社である。

 1996年に彗星の如く立ち上がり、美術関係を中心に88冊の書籍を残し、2020年に惜しまれつつ廃業したブリュッケについては多くのかたが書き残しているので、そちらを参照して欲しい。

 2007芸術文学の河本真理作品だけでなく、まさに廃業の年となる2020年に88冊目の作品、中嶋泉さんの『アンチ・アクション』で芸術文学部門を獲得し、有終の美を飾ったことは素晴らしいことだった。

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