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お祝いの電話

(2015/12/10記)

 毎日出版文化賞受賞作が発表された十一月三日、紀伊國屋書店で大手町店、新宿南店、札幌本店の店長を歴任された皆川文男さんが、早々とお祝いのご連絡をくださったことにいささか思うところがあった。

 メールやメッセージではない直接の電話というのが、如何にもお人柄である。しかも、私が出社したときには、すでに一度ご連絡があったというのだから気が早い。席に着き、PCを立ち上げるまもなく二度目のお電話があり、すこし調子の高い朗らかな祝福の声が耳朶を打った。

 仮に、栄冠を得た作品が樺山紘一さんの『歴史の歴史』でなかったとしても、皆川さんは連絡をくださったことだろう。しかし、たとえ偶然であろうと、本作への祝辞の口火を切るのに皆川さんほど相応しい人はいない、と私は感じていた。

 二〇〇五年のことだ。大通公園にあった旧店舗をたたみ、新たにJR駅前にオープンする札幌本店の立ち上げを担うことになった皆川さんから、相談がある、と電話をもらった。その頃、NTT出版の営業本部にいた私は紀伊國屋書店を担当しており、氏が店長を務める大手町店、新宿南店にはたびたびお世話になっていた。

 珍しく本社(目黒にあった旧本社)に駆けつけた私の前で、皆川さんは次々と新しい札幌本店の平面図、パース、書架の配置図などを拡げてみせた。シンガポールのタン・カイギーさんが設計を手がけた天井の高いガラス張りの新店舗は、面積一三〇〇平米、在庫は八〇万点に及ぶという超巨大店舗だった。

「店舗一階のこの奥にね、凄く広くて大きな壁一面の書架があるんだけどさ、神谷君さ、開店と同時にここをどういう風に使ったらいいかお知恵を拝借できないかなぁ」

 何という胸躍る相談、私は見上げる壁面に見渡す限り教養書が詰まった様子を想像してウットリしてしまった。私はちょっと上の空で皆川さんの話を聞いたあと、会社へ戻るとおもむろに三人の研究者に電話をかけた。そのうちの一人が樺山さんだった。

 すぐに研究室へ招いてくださった樺山さんは、ゆったりとソファに腰掛けながら「それは素晴らしい話だなぁ」とおっしゃり、「コレはヒントになりませんか」と手近の本棚から一冊の本を取りだした。

 それは吉川弘文館が刊行している『世界史年表・地図』だった。編者は亀井高孝、林健太郎、堀米庸三、三上次男の四氏。言うまでもなく堀米さんは樺山さんの師匠である。樺山さんは言う。

「これってね、上下が洋の東西、左右が過去現在に対応しているわけです。その流れの中で思想や技術や科学や文学や芸術を紹介することが出来るんじゃないでしょうか。壁面一杯を使って世界歴史を表現してみたらどうですか」

 素晴らしいアイデアだと思った。私は興奮を抑えながら、あふれ出す樺山さんの言葉と書名をノートに書き留めた。

 最終的にこのアイデアは、発注の手間と展示期間が終わってからの返品もしくは再配置作業が煩瑣になり過ぎることから、全面的に活かされることはなかった。しかし、樺山さんが勧めてくれた書籍リストは、開店と同時に歴史コーナーで立派なフェア棚となって陽の目を見た。

 このとき、私がお話を聞きに行ったもう一人の研究者が西垣通さんである。西垣さんもウキウキした様子で、札幌本店の開店に相応しい情報学、思想、理工系書籍のリストを作ってくださった。

 驚くべきことに西垣さんは、今年から毎日出版文化賞の選考委員に加わられたという。主として自然科学系の書籍を選考したので、樺山さんの選出には関わっていなかったそうだが、この偶然にもなにがしかの縁を感じずにはいられない。

 ちなみに私が連絡を取ったもう一人の研究者は、電話のむこうで「そんなことのために、この私に貴重な時間を取らせようとは無礼だ」とお怒りになり、結局、渋々会ってはくれたが、研究室での面談の間もたびたび私をとがめ立てた。私はこの人物と疎隔し、以来、著者から希望があった場合を除き、自分の手伝った本を一切献本していない。これからもすることはないだろう。

 NTT出版を去り、千倉書房に移って一〇年になる。嬉しいこと寂しいこと愉しいこと悔しいことなど、諸々行き交う一〇年だった。

 そんな出来事のひとつひとつを思い返し、変わらぬご厚情への深い感謝と共に、私は皆川さんのあたたかな祝辞をかみしめたのだった。

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