とりとめもない愚痴

(2016/02/23記)

 書籍の編集くらいしかできないのに書籍編集では生きていけないという自覚が強すぎて泣けます。残りの人生が長すぎる上、どうやっても大衆が再び書籍を読む方向に向かうサイクルを思いつかないのです。

 私はディスプレイを眺めていても、情報は入ってきても思索は深まらないと信じているので、「みんなブログやツイッターを見ているのだから活字を読む力が衰えているわけではない」みたいな上っ面な言説に耐えられません。

 ゆとり教育の最大の問題点は、学習量を減らしたことではなくて、出来ない子供に「出来なくても良いよ」と言ってしまったことです。

 読むのが得意な子もいれば不得意な子もいる。それは個性。だから読めない子は別な得意を探せば良い、ってね。本を読むことの意味を決定的にはき違えたとんでもない愚説だと思うんです。

 子供の能力がこんなに短期間に落ちるわけがない。みんなが読まなくて良いと言われているウチに、ドンドン読まなくなって、読まないうちに、読めないと頭から決めてかかるようになってしまった。それが事態の本質です。

 子供は易きに流れます。親や教師がそれを指導しなければ流れは定着し、読まない子供が読めない大人になります。読めない大人を大量生産したのはゆとり教育が下支えした読まなくて良い社会です。

 昨日、とある研究会で、数年ぶりに、何故私が本を編集しているのか語ろうとしてみたんです。そうしたら、なんと途中で全く言葉を失ってしまったんですよ。昨日の研究会にいた方は、勢い込んで語りだした途端に着地点を失って分解した私の滅裂なトークにさぞ困惑したことでしょう(苦笑)。

 わずか十数年前まで存在した三〇〇〇円台の翻訳書を、普通のサラリーマンが買って読み、三〇〇〇部初版でスタートできた時代が、ただ恵まれた良い時代だったとは思いません。買って読んで考える人たちは景気が良いから現れるわけではありませんから。

 ウェブサイトに何でも載っている時代に、それで十分と考えるのは自由ですし、中にはごくまれにそれで書籍を代替させる能力がある人もいるのでしょう。

 しかし現実には、情報を得ること、ただ漫然と「たくさんのことを知っている」ことに満足している人が大半だと考えます。そもそもいつでも調べられるから、頭の中に入れなくてもいいわけで、「たくさんのことを知っているような気持ちになっている」だけ、と言うのが正しい。

 昔ブログにも書きましたが、新書戦争という言葉がメディアに大きく採りあげられたのは新潮新書が創刊された二〇〇三年です。でも、そのときには戦争は終わっていた、もしくはそもそも戦争なんかなかった、と言うのが私の観察です。あれは新書戦争などではありませんでした。「本のデフレ」だったのです。

 定期的に決められた冊数を出さなくてはならない新書は必然的に書ける著者、売れ筋のテーマをめぐって競合し、限られた資源を蕩尽しました。犠牲者(あるいは自業自得)とも言うべき書き手は何人も思い当たります。

 一方、一二〇〇~一八〇〇円くらいで世に出ていた四六判の本は、七〇〇~一〇〇〇円ほどで手に入る新書に駆逐され、どんどん売れにくくなっていきました。新書という箱を持たなかった出版社は次から次へ参入し、デフレスパイラルを加速させ、新書を持てない出版社は高価格少部数路線をさらに徹底させなければならなくなりました。新書というパッケージは出版社の首をじわじわと絞める真綿なのです。

 経済の状況や社会不安も大きいですよね。毎日のように書店に足を運んでいても、最近滅多に本を買わないですもの。五〇〇〇円台の本を買おうものなら、「老後どころか明日失業しても困る預貯金ゼロが何やってんだ」と思って天を仰ぐんですよ、この本に魂を売った私でさえ!

 読みたい気持ちを必死で押さえて、今止めてるのは『吉野作造政治史講義――矢内原忠雄・赤松克麿・岡義武ノート』(岩波書店)。税込みで八一〇〇円っすよ。私でもこれは即決できない。

 あと、「本」とか「編集」とか「編集者」って言葉をひとくくりで語るのももう止めたほうがいいですね。「戦後」と一緒で、便利だし他に代わる言葉がないから仕方なく使ってますけど、同じ「本」を語っていない、別の仕事をしている「編集者」が、あれこれ言い合っても何の意味もないですし、メリットや利益が相反することも少なくない。

 私が「編集者」系の集まりから一切身を引いてしまったのにはそうした意味もあります。ある時期から「編集者」と「本」の話が出来なくなってしまったんです。

 読書への連結という観点からも新聞と雑誌には最後まで頑張って欲しいと、心から思っていますが、このままの形態での存続はほぼ不可能ということも分かっています。情報の収集・獲得と、そこからの思考・思索が切り離されてしまった側面もあるでしょうが、単純に利便性の問題もこれあり……。

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