カンテレ“火9”というドラマの未来を見据えた挑戦 !「僕らは奇跡でできている」



“月9”(フジテレビ)にはじまり、“火9”(フジテレビ)、“水10”(日本テレビ)、“木9”(テレビ朝日)、“金10”(TBS)、今はなき“土10”(日本テレビ)など、イメージの定着したドラマの放送枠がある。

「朝ドラ」(NHK)、「大河ドラマ」(NHK)、「日曜劇場」(TBS)のようなシリーズ名まではつかずとも、ワンクール・3ヵ月ごとに作品は変わるとはいえ、枠のイメージ――例えば“月9”は華やかな恋愛もの、“水10”は働く女性向けものというようなものがざっくりあって、その枠を観れば、たいてい自分の好みを満たしてもらえる。要するに、「ブランド」感である。テレビ朝日に至っては、“水9”が「相棒」、“木9”が「ドクターX」と長期シリーズのタイトルのイメージが強い。最近では“木9”は“米倉涼子劇場”化している印象すらある。

“火10”(TBS)が「逃げるは恥だが役に立つ」(2016年)の大ヒット以降、主に漫画を原作にした、新しい女性の生き方を見つめるドラマが放送されているイメージが定着しはじめている。

では“火9”はどういうブランドイメージだろうか。

■“火9”の持つイメージとは?

ここはフジテレビで放送されているが、制作しているのは関西に拠点を置くカンテレで、“カンテレ制作のドラマ”としてまず括れる。カンテレのドラマは高品質というイメージがある。

まだ火曜10時だったときの、菜々緒演じる悪女が圧巻だった「サイレーン 刑事×彼女×完全悪女」(2015年)や、火曜9時に時間帯が移動してからの、草彅剛の凄みに魅入られた「嘘の戦争」(2017年)、小栗旬と西島秀俊の本格アクションが楽しめた「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」(2017年)など、一時期サスペンスものが多かった。坂口健太郎と北村一輝の時空を超えたバディものという異色作「シグナル 長期未解決事件捜査班」(2018年)もその流れのひとつだ。

「嘘の戦争」や「シグナル」は韓国ドラマのリメイクで、「CRISIS」 は金城一紀のオリジナル。アクション監修も金城で、作家性の強さが求心力となった。これらはすべて脚本も撮影の仕方もしっかりした骨太なもので見ごたえがあった。金子ありさのオリジナル脚本「FINAL CUT」(2018年)も、過去に母を陥れた者たちに復讐を行う物語で、亀梨和也が演じる主人公が標的を追い詰めていくスリルが毎回楽しめた。

■青春×サスペンス――カンテレの変化

それが最近、少し傾向が変わって来ている。高品質はそのままに、扱う題材が多様化しているのだ。荒唐無稽な世界から離れ、現代日本を舞台に、特殊な職業に就いたヒーローふうな主人公ではなく、視聴者にとって身近な立場の登場人物を主人公にしたものが増えてきた。

そのさきがけとなったのが、漫画原作の「僕たちがやりました」(2017年)。うっかり学校を爆発させて死者を出してしまった高校生たちの逃亡劇で、荒唐無稽といえばそうだが、主人公は現代日本の高校生だ。70年代の青春映画のようなほろ苦さが漂う物語を、主人公の窪田正孝をはじめとして、間宮祥太朗や永野芽郁、川栄李奈など気鋭の俳優たちが切実に演じて胸を打った。

企画したカンテレの米田孝プロデューサーによると、『カンテレは、「天体観測」、「GTO」、「牛に願いを Love&Farm」、「がんばっていきまっしょい」など、過去に青春ドラマも多く手がけていまして。僕の中では青春群像劇とサスペンスという、カンテレのお家芸をかけ合わせてみたんです。ただ、この原作は、暴力やエロなど刺激的なことも多いですが、コンプライアンスのギリギリを攻めたいとか、過激なことをやりたいというモチベーションではありません。原作を突き詰めていくと、人間の本質的な部分を、きゅっと素手で触るような刺激があって、それが魅力だと思って作っています。』(otoCotoインタビューより)とのこと。

■現代人の生き方を描き、未来を映す

今、“火9”は現代日本の若者が抱える問題を描くドラマに挑みはじめている。母との関係性に悩むスクールカウンセラーが主人公(井上真央)のオリジナルドラマ「明日の約束」(2017年)、生活保護を受ける人々と吉岡里帆演じる新米ケースワーカーとのコミュニケーションを描いた柏木ハルコの漫画原作「健康で最低限度の文化的な生活」(2018年)など、子どもに過大な干渉を行う母の問題や、生活保護を受けざるを得ない人たちの問題など、目を背けることのできない題材を丁寧に取り上げている。


現在放送中の「僕らは奇跡でできている」は、「僕の生きる道」(2003年)「僕と彼女と彼女の生きる道」(2004年)「僕の歩く道」(2006年)など、カンテレドラマの脚本も手掛けてきた橋部敦子のオリジナル。高橋一生演じる大学講師(動物行動学が専門)のマイペース過ぎる行動に周囲が戸惑いながらも次第に影響されていく物語。印象的だったのは1話で、ウサギとカメのイソップ童話について主人公はこう解釈する。「カメは、全然がんばっていません。競争にも勝ち負けにも興味がないんです。カメは道を前に進むこと自体が楽しいんです」

それに対してウサギは相手を「見下すために」走ると。競争社会への皮肉を感じる台詞である。こんな調子で、主人公は誰かと自分を比べることなく、ひたすら自分の興味をもったものに夢中になる。そんな幸せの形を描いたドラマだ。とりたてて事件があるわけでもなく、恋愛要素もないことはないがそれが中心ではない、主人公が大きな不幸に見舞われ苦しみながら乗り越えていくわけでもない。だからこそ、何にも追い立てられることなく、のんびり楽しめる。毎回、高橋一生の邪気のない笑顔に癒やされている。自然の映像も美しい。

ついでに言うと、他者とコミュニケーションをほとんどとらず、ひたすらアリを観察し続けているアンジャッシュ児嶋一哉の存在が効いている。

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「僕たちがやりました」「明日の約束」「健康で文化的な最低限度の生活」、そして「僕らは奇跡でできている」と“火9”の新たな試み――現代の若者の生き方を描くドラマは視聴率が高いとは言えないが、新たな物語を模索するトライは大事なこと。ここで描かれている登場人物が今の世の中に確かに生きていて、いまは数%かもしれないけど、データに表れない人たちがいつかドラマに共感して観ることになったら、テレビドラマの視聴者の顔ぶれはいっそう豊かになる。現在、そして未来を見据えた試みを行い続ける“火9”を期待をこめて見守りたい。

dmenuTV 2018年10月26日公開


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