100均のエリーちゃんを、本気でかわいくしてもらえませんか?【連載①】岸川 亮/YENN(愛知・名古屋)
テーマ「Get close to people」 hair design & photo & styling : 岸川 亮(YENN)、make-up : ミワ アカリ(YENN)
リカちゃん、ジェニーちゃん、エリーちゃん。
女性なら誰もが幼きころ、お世話になったであろうお人形遊び。
エリーちゃん以外は知っている! そんな方が多いと思います。
エリーちゃんとは? ……答えは、100円均一でおなじみのダイソーが手掛ける100円の着せ替え人形です。
このエリーちゃん、実はすごいクセ毛の持ち主。さらに、生え際の髪はすべて浮いており、全頭にランダムに配置された毛穴のせいで分け目は変えづらく、毛量調整も困難を極める、まさに美容師泣かせの女性です。
これが100均のエリーちゃん! 髪書房社内にて撮影。
ボブログ編集部は考えました……もしエリーちゃんが新規客でサロンに来たら、やばくない!?
エリーちゃんの難しすぎる髪に対応できる美容師さんって、存在するの!?
この美容業界に多数存在する、名だたるコンテストを制した“コンテスター”であれば、エリーちゃんの髪をも制することができるかもしれない。
「100均のエリーちゃんを、本気でかわいくしてもらえませんか?」美容室・美容師難民の方に美容業界誌が全身全霊でささげる! 連載第1回目のスタートです。
今回担当していただく美容師は、名古屋にある美容室YENN(エン)の岸川 亮さんです。
2015年 「JHA」 AREA STYLIST OF THE YEAR 中部エリア賞受賞、2016年、2017年「JHA」 RISING STAR OF THE YEAR ファイナリスト
2018年 「WELLA TREND VISION award」 CREATIVE VISION GOLD AWARDなど、その実力は本物です。
岸川さん「コンテストもサロンワークも、モデルさんをかわいくするのは同じ。きっとエリーちゃんも同じだと思い企画を引き受けました!」
JHA 2015 AREA STYLIST OF THE YEAR 中部エリア賞
TREND VISION award 2018 CREATIVE VISION GOLD AWARD
顔まわりの髪が浮くのは、練習用ウイッグと同じ
一番難しいのは、クセ毛のおさめ方。購入時はビニールの紐で髪全体が抑えられているため気づくことができないが、ビニールを外したとたん、横にひろがるだけでなく、上にも浮いてしまう。特に顔回りの髪は想像以上に浮いてしまう……これはさすがの岸川さんでも対応できないだろう、そう思いながら5人のエリーちゃんをYENNへ送り出した。
まさかスーパーくせ毛とは……
こんな感じでお届けしています★
「練習用ウイッグも顔まわりの髪が浮いているんですよね、そういう時は(顔まわり)1線を刈り上げておさめることが多いんです。今回エリーちゃんもその方法でと思ったのですが、そうすると顔まわりの髪がなくなってしまう。そこで、浮いている顔まわりの1線を縫って留めることにしました。もちろんお客さまには他の施術方法がありますが、エリーちゃんはナイロンの髪なのでストパーもかからないですからね(笑)」
「僕が一番難しいと思ったのは、どこでカットしてクセをおさめるかということ。どうカットしても、ナイロン特有の毛先のピンピン感が出てしまうんです。ヘアアイロンも使用してみましたが、アイロンは(実験の結果)85度までしか使えないし、ピンピン感が解消できない、これはカットで対応しようと思いました」
入念にコーミング中の岸川さん
立ちはだかるエリーちゃんの壁
お店の後輩スタイリストにも、エリーちゃんを切ってみてもらったという岸川さん。結果「難しくて切れないです」と言われたそう。
「ダイソーに行ってエリーちゃんを追加で15人ほど買い込みました。よく見ると分け目の位置も毛量も違うし、頭のビニールテープを外したらクセの出方も個体差がある。このクセの途中で切ったら上手くまとまる! というエリーちゃんを15人の中から選抜しました。コンテストのモデル選びと似たところがありましたね(笑)」
その後、ハチ下を刈り上げ、アンダーの1線もぬいつけるとフォルム全体に丸みが出ることを発見。撮影しながらカットすることで、より似合うデザインを探した。ヘアカラーはアイシャドウで。色味はブラウンとパープルで、エリーちゃんの地毛が持つ特有の黄みをおさえている。
ハケでアイシャドウをのせる
撮影も岸川さんが担当
服とメイクは“似合わせ”において重要な役割を持つ
コンテストでも服とメイクにはこだわり、ヘアデザイン同様に絶対妥協をしないという岸川さん。
「コンテストでよく言われる“モデルさんへの似合わせ”で、服とメイクの役割は大きいと思っています。今回エリーちゃんにも、最初はモードな服が似合うと思ってビニールでコートを手作りしたんです。だけど奥さんに見せたら気持ち悪いって言われて(笑)人形の可愛さと怖さは紙一重なんだなと思うと同時に、やっぱり僕がコンテストに臨む時の気持ちと同じで、エリーちゃんも普通の人が見てもかわいい、おしゃれな感じにしたいと思って今回の黒いワンピースの製作に取り組み始めました」
ワンピースの製作は、布の端切れを買うところから全部で8回縫い直し、最終的には10分で縫い上げられるまで上達した。コンテスト衣装も自分やお店で製作しているというだけあり、後ろはマジックテープで留める仕様にし、着替えられるというから驚きだ。
メイクも、コンテストと同様にスタイリストのミワさんが担当してくれた。
「エリーちゃんの元々の顔の印象が強すぎる(フルメイクの状態)ので、引き算で。眉毛を全部消したり、まつ毛を部分的に消したり。結果、リップを消し、まつ毛は1~2本消して、眉毛を短く。チークは新たに入れました」
サロンワークの合間に裁縫
試作段階のスカート
モデルさんもエリーちゃんも、お客さまも同じ
「コンテストのモデルさんをかわいくするのも、お客さんをかわいくするのもプロセスは全く同じですよね。いろんな創意工夫をして形にしていく、持っている素材をコントロールする。似合わせを考える。僕自身、意識して“同じ”だと思っているところがあります」
「TREND VISION award」には、過去に10回(=10年間)挑戦し、全国大会であるTHE FINALへは4、5回進むも、優勝したのは2018年が初めてだった。入社してからコンテストに挑戦し続けてきた岸川さんの中には、それまで「コンテストはアイデアを出す方が大変で、切るのは簡単」という感覚があったという。しかし、この年のモデルに似合うヘアデザインを追求した結果、クオリティを重視したいと思い、今まで以上にウイッグでのカット、カラー、スタイリング練習に励んだ。その結果つかんだ最高賞。
「やっぱりコンテストもサロンワークも同じなんだ」腑に落ちた瞬間だった。
エリーちゃんも同じ、素材をコントロールしながら似合わせを考え続ける。アイデアはもちろん、自分が思う“かわいい”を再現するための絶対的な技術力が必要とされた。
世の中に“プロ”として作品を出すことにこだわりたい
SNSがあれば、誰でも発信できる時代。だからこそ、美容業界でプロとして作品を発信することにこだわりたいと岸川さんは話す。
「今、どんな業界もプロフェッショナルとアマチュアの線引きがなくなっていたり、素人から見るとわかりづらくなっていると思うんです。そんな時代に、僕はプロから見てもプロでいたいし、プロになれるように努力していきたい。うまい美容師さん、目指している美容師さんに少しでも近づきたい。ブランドの看板を背負って世の中に作品を出すということは誰にでも許されることではないし、だからこそ目を背けずに今後も挑戦したいと思っています」
楽しいから作品をつくる、コンテストに挑戦する。「自分らしさ」に気づき、次にその自分らしさを破るために努力を重ねる。そして新しい自分らしさを手に入れ、またその自分らしさを破る。いくつになっても、美容業界の第一線にいる美容師になりたい。岸川さんの想いは誰よりも強い。
★おまけ・クリエイティブエリー★
いわゆる“リアリティブ”に仕上げたトップ画像の撮影後、思いっきりクリエイティブにしたらどうなるか? 試してみたくて撮影したという「クリエイティブエリー」。エリーちゃんの新たな一面を引き出しており、編集部でも「やっぱり、すごい!」と盛り上がった1枚。
コロナ禍により、2020年は多くのコンテストの中止が決まっています。2021年以降、なぜ大変な思いをしてまでコンテストに挑戦するのか? 多くの美容師さんが自分自身に問うことになるでしょう。挑戦理由はそれぞれですが、技術力とセンスを磨くためにコンテストは非常に重要な役割を持っていることは間違いありません。
みなさんの近くにもきっといる、ダイソーのエリーちゃん。
ぜひ一度切ってみてはいかがでしょうか。
岸川 亮[YENN(エン)/愛知県・名古屋]
きしかわりょう/1984年10月25日生まれ、愛知県出身。中部美容専門学校卒業後、REMIX Hair Design(現Angelica)に入社。2015年からYENNの代表を務めている。アシスタント1年目からコンテストに挑戦し続け、20代前半から様々なコンテストの受賞を重ねる。クリエィションとサロンワークの垣根を取り払い、本当に似合うヘアスタイルを日々模索中。