残り11日
思ったより書けなかったです。ただ承までは書けました。明日は転結を書けるよう……。
【本文】
そして最後はイクラである。一番好きなものは最後に食べる派。人工イクラかもしれないが、この時は進んで騙されてやる。いや、むしろ騙してくれ。ネギトロ軍艦よろしく、醤油を直にかける。イクラの寿司も醤油かけるかどうか、議論が別れるところである。叶うことなら、口に入ったイクラの卵を、あますことなく全て歯で潰したい。
丸々としていたイクラの卵がつぶれた後は、濃厚な甘さが口の中に広がる。
合わせて米を口に入れたい。ただ既に茶碗は空なので、最後の唐揚げを口の中に入れた。全てが終わってしまった。
まだ食べ足りない。
ストレス解消と、仕事からの解放感で、食欲バグりすぎだろ。
しかし食べるものがない。冷凍ご飯はない。唐揚げとパック寿司しか買っていない。無い袖は振れぬ。
この家の中で、食べるものは。
実家から送られてきた段ボールを覗く。そこには何の加工もされていない玉ねぎ、大根、ネギ、ニンジンがそこにあった。これをどうにかすればいいのだが。
普段やらない自分が作る料理なんて、炒める、煮る程度である。この材料を自分が貰っても、腐らせるだけな気がする。 野菜だけで料理しても、さっきみたいにわかりやすく美味しいものを作れる自信もない。 あともう一回着替えて買い物に行くのも考えるが、スエットを脱いで一瞬でも寒くなりたくない。このままコンビニにつれていってくれ。いや無理なのはわかっている。
「……久しぶりに、アレやろうかなぁ」
しばらく考えた後、独り言が漏れた。
久しぶりではあるが、やり方はある。初心者でも、ある程度の料理レベルに強制的に持って行ってくれる魔法の道具が、我が家にはあった。
棚の奥深いところに、しまわれていたものを取り出す。
取り出したものは、やたらデカい鍋。かつ厚みと蓋が通常の物より一回り大きな鍋。引っ越し以来使うことのなかった、圧力鍋だった。
鍋を軽く洗ったあと、皮をむいて適当な大きさに切った玉ねぎを、鍋に入れる。そして量としては大丈夫か? と思う量だけ、水を入れた。
なぜそれだけしか水を入れないかと言うと、この料理はほぼ玉ねぎの水分だけで作り上げるから。
世にいう、ほぼほぼ野菜の水分だけで作っちゃった~という、スープである。
だから玉ねぎの量は半端ない。5個ぐらい一気に消費する。
一度の玉ねぎ消費量としては、一人暮らしではありえないくらい量。ちょいとした合宿である。
これだけで準備完了。あとは火を入れるだけだ。
圧力鍋の蓋は、ただ鍋の上に置くだけではない。下の鍋と互いの溝を組み合わせて、カチリと音がするようになるまで嵌め合わせる、アタッチメントみたいな仕組みとなっている。蓋だけでまぁまぁ重い。さらに喫茶店でコーヒーミルクが入っている容器みたいなサイズのおもりを、蓋の真ん中あたりにセットする。
これが圧力を調整する仕組みとなっているらしい。
そこまで準備が進んだら、そのまま鍋に中火にかける。
火をかけてしばらくすると、おもりがシュシュシュシュ! と言いながら蒸気を出し、クルクルと回転しだした。
これが圧力がかかった証拠らしい。
自分はこの圧力がかかったサインが怖い。ちゃんと手入れをしていない圧力鍋だと、爆発事故を起こしたりするらしい。
おっかなびっくりにガスコンロに近づき、火を弱火にする。
そしてそのまま20分ほど火をかける。20分たったら、火を完全に消す。
火を消したとはいえ、これで完成ではない。まだおもりは蒸気を出しながら回り続けている。圧力が完全に抜けるまで、数分間このままにしておかなければならないのだ。
しばらくそのままにしておくと、カシャという音がした。この音がしたら、重りが下がり、圧力が抜けたことを意味する。
おもりを外して、蓋を外そうと取っ手を持った。
この瞬間はいつもワクワクする。 圧力鍋は鍋の中がどうなっているのか、まったくわからないから、結果は蓋を開けてみないとわからないのだ。はたしてうまくいっているのだろうか。
蓋を開けると、蒸気が大量に漏れ出る。
鍋の中は玉ねぎは原型がまったく無くなっており、そこには白みがかったオニオンスープが出来ていた。
はやる気持ちを抑え、眼鏡を曇らせながら、ドンブリにスープを入れる。すぐにテーブルに持っていき、どんぶりを両手で持って、スープをずずずっと、啜った。
優しいが激しい甘味が、自分の口の中を暴れまわる。
塩も何も味付けをしていない。ただただ玉ねぎの味だけである。それなのに、こんなに滋味深く、美味いスープが出来上がっていた。
一口、二口と口に入れる。 これだけでも十分美味しいが、試しにここで、塩をちょっと入れてみる。
最高。
これだけでいい。ダシとかそういうものは一切いらない。野菜だけでダシがでている。究極なシンプルイズベスト。入れても胡椒程度だと思う。あ。ごめん。クレイジーソルトとかいいかも。
あと特筆すべきところとしては、食べた感と言うか、満足度が凄いのである。
さっきまであんなにバカスカ、白米やら唐揚げやら寿司やらを食べていたのに、体はまだ足りないと訴えていた。それなのに、このスープを食べていると、食べ物として濃いというか、あっという間に満ち足りた。要は満腹感を得ることが出来た。某ロイヤルなファミレスのオニオングラタンスープにも負けないと思う。
この瞬間が、今日の幸せの最高点、ハイライトだ。
よって風呂にも入らず、歯も磨かず、このまま寝たとしても、わが生涯に一片の悔いはないのである。
自分は万年敷きっぱなしの布団に倒れこむと、満足感と共に、そのまま夢の中へ行ってみたいと思いませんかと誘われ、寝た。
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