死んだ男
かつての職場に警察官になりたかった男・Uがいた。これは彼が体験した怪談で、釘を刺された話である。
Uという男は非常に正義感の強い...いや、強すぎる男であった。同時に出しゃばりで、強い人と戦いたいという欲求があった。柔道や空手の経験がある僕や、その他の格闘技経験のある同期の前でシャドーボクシングをしては挑発していた。根っからの悪いやつではなかったのは確かだが悪すぎる酒癖と戦いを仕掛ける癖だけは会社からもキツく注意される程だった。おまけに会社に就職したのは、とりあえず食い繋ぐためで本当は警察官になりたいと毎日ボヤいていた。そのため毎年、彼は採用試験を受け続けていたそうだが受かることはなかった。
Uの困った面は発掘現場からも「二度と来るな」と言われていた。発掘作業会社の人たちの中にかつてボクシングの経験者がいた。キックボクシングを始めたUは得意になっており、彼に挑発を始めたのだ。しかし相手からは「はいはい」と袖にされてしまう。収まりがつかなかったのだろう。馬鹿にしたようにその人を揶揄った。しかし自分の顔の横にストレートが入った。その場が凍りついた。やはり歴戦のボクサーである。彼は直ぐに和かに笑って
「ね、やめましょ?」
爽やかにUを退けたのである。しかしUはこれに納得が出来なかったようだ。自分はキックボクシングをやっている。その自分が手も足も出せず固まってしまった。それが許せなかったのだろう。ただUは威勢こそ良いものの実際、格闘技センスはなかったと思う。一度しつこいので僕も組手をしたが、煽るだけで向かってこないのである。おまけにキックボクシングのキックが彼は使えなかったようだった。これはレスリング経験のあった同期が言っていたことだが
「U君ってキックボクシング向いてないんじゃないかな?キックするとよろけちゃうし、体力も全然ないみたいだし」
確かにそうだった。しかし、このコソコソ話が彼の闘争心に火を点けてしまった。
夏の終わり同期会が開かれ楽しく飲んでいるとUが突然「心霊スポットに行こう!」と言い出した。しかし誰もが発掘調査中に奇妙な体験をした者も多く行かないと言っていた。結局、Uは一人で市内でも有名な心霊スポットに行くと言って居なくなってしまった。
週明けの月曜日からUが出勤して来なかった。寮に帰ってきてすらいないという。その無断欠勤も10日を過ぎた頃だった。警察からUが大怪我をして入院していると連絡が来た。上司が直ぐに病院へ向かい、彼の両親も県外から駆けつけてきたそうだ。その後、Uは復職することもなくいつの間にか席も片付けられていた。そんなに酷いことになっていたのか?そう思った。
二年目の初め、発掘現場での打ち合わせが終わった後に現場代理人からUの事を聞かれた。僕は何も言わずに彼が辞めた事を言うと
「あの怪我じゃなぁ...」
何かを知っているような感じだったので尋ねてみると
「U君さ、俺の家の側の廃工場で見つかったんだよ。あそこさ心霊スポットって言われてて入り込んだやつがおかしくなっちゃうって有名でさ」
Uは発見当時、素っ裸で涙を流しながら爆笑していたそうである。見つけたのは土地の管理をしていた不動産会社の社員さんで直ぐに警察を呼んでくれたという。特にそこが心霊スポットであることから近隣住民もUの状況を見て気味悪がったそうである。彼はおかしくなってしまったのだろうか?
さらに数ヶ月後にUの詳細がわかったのである。Uは発見当時、素っ裸で涙を流しながら爆笑していた。彼の肘から下、両足首は壊死していたというのである。暴行を受けた形跡もなかったし、着ていたものも見当たらなかった。地面に尻餅をついた状態でダランと垂れた腕で必死にシャドーボクシングの真似をしようとしていたそうである。結局、入院するも手足は切断。脳にも相当な負荷がかかったようで元に戻る気配は今後もないという。結局、Uは死人同然に今でも郷里で暮らしていると聞く。
ただ、彼の行った心霊スポットで何が起きたのか。それは今だに分からず仕舞い。
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