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朧車

刑事をしていた先生の話。
先生は、警察学校の指導教官として勤務後に退官された。僕とは今から28年前に知り合った。というのも先生が休みの日に指導に来ていた柔道場での出会いだ。そんな先生が刑事として勤務していた時の話を聞いた。
ある日の夕暮れ、一人の少女が白い車に轢き逃げされた。目撃者は大勢いたおかげで直ぐに少女は救急車や蘇生措置を施された。しかし残念なことにその日の未明に息を引き取った。目撃者の多くは、運転者の対応に憤っていた人たちが多かった。悪びれもせず、車から顔だけ出すと「血なんか出てないじゃない」と高笑いしながら車を急発進させ居なくなってしまった。先生はそのときの目撃者の方達から

「目が大きくて、特徴的な輪郭、裂けたように見える口元が鬼のようだった」

そう証言したという。
先生ら刑事たちはおそらく、そいつは常習的に危険運転をしていると判断。過去の事故記録、目撃者らが見た車種とナンバーの照会、地道な聞き込みを経て犯人を逮捕する事が出来た。犯人の名前は見村元数(仮名)という男であった。介護関係の仕事に就いている男であるが老人虐待、死亡事故、恐喝などをしてきた立派な犯罪者であった。見村は警察に随分とナメた態度を取った。あろうことか見村は車を既に処分し、新しいものへと変えていた。さらに当時は監視カメラなどがない時代のため、目撃者の記憶も時間と共に「たぶん...」というような状態になって来ていた。すぐに処分した車の在処を白状させようとしたが、見村が用意した弁護士のために一旦釈放となってしまった。警察官にとってこんなに悔しいことはない...先生は被害者の少女に申し訳が立たないと思ったと言う。
そして、しばらくして先生らの所に見村が轢き殺された一報が入った。現状は見るも無惨な状態だった。見村の四肢は何度も執拗に轢かれた事で断面がグチャグチャになっていた。さらに目撃した人の話では箱のような車が見村に乗り上げていたということであった。しかし、ここで鑑識さんは首を傾げながら先生に言った。

「これ本当に車なんですかねぇ...」

何でもタイヤ痕が見つからない上に、どうも車とは少し違う気がするという。しかも見村の死因は四肢をもがれた事ではない。胸骨ごと心臓を潰されていたと言う。まるで何度も何度も執拗に心臓を狙ったようなやり方で到底人間の仕業とは考えられないと言う事だった。結局、容疑者死亡という形で轢き逃げ事件は幕を閉じた。
先生は、見村が轢き逃げにあった...そう思うしかない。が、なんとなく子供の頃に聞かされた朧車という妖怪が少女の仇を取ったのではないか?そう思ったという。

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