見出し画像

朱色の子守唄③

十数年前
私は、タロという。ご主人の子供がいつも私をそう呼んでいたから、それが名前なのだろう。今日は私を連れてハイキングとやらに行くそうだ。久々に外の世界を堪能できる。心が躍った。しかし...私に突きつけられたのは地獄だった。何度も吠えた。だが、ご主人たちは私を車に残して行ってしまった。暑い!暑すぎる!死んでしまう!誰か私をここから出してくれ!死んでしまうよ!!嫌だ!死にたくない!子供よ助けてくれ!!嫌だ!嫌だ!嫌だ!...

次に目を覚ました私は憎悪に塗れていた。憎い。この世の全てが憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!
歌だ...歌が聞こえる

赤い血溜まり できりゃ そこは地獄かな
赤い夕陽も 浮かびゃ そこは地獄かな
人の情など ないのと同じ
この世は地獄 この世は地獄
あの子はどこさ あいつはどこさ
憑いて 泣かして 山うめろ
朱色の子守唄 子を寝かせ 赤い忌火

はっとして目が覚める。
まただ...あの歌が聞こえた。幻聴なんだろうか?...もう何年もこんな朝を迎えてる。
両親が他界して僕、犬江治郎は東京へと上京してきた。親戚は僕が土地を離れるのを嫌がったが僕はそれを振り切って出てきた。以来、ずっとこの歌が聞こえる。生前、母が歌っていた歌だった。所々に悍ましい歌詞...なんて歌だ。
俯いていると恋人のミナが心配そうに見つめていた。彼女が手話で「大丈夫?」と聞いてきた。僕もまた手話でそれに返す。
ミナは生まれつき耳が聞こえない人だ。それでも明るく前向きに人生を生きている。東京へ出てきて右も左も分からない僕に手を差し伸べてくれたのがミナであった。ご両親も優しい人たちで、身内のいない僕の保証人になってくれた上にアパートや仕事まで世話をしてくれた。そのアパートでいまミナと二人暮らしをしている。
今日は妙にミナの機嫌が良いみたいだ。彼女は手話で僕に話しかける。不慣れな手話を駆使して僕もそれで会話をする。ミナの手の動きに息を呑んだ。

「赤ちゃんができたよ」

ミナの笑顔も赤ちゃんが出来たのも僕にはとても嬉しかった。嬉しかった...?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?