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風の音

子供の頃から好きな人がいた。
その人とは幼稚園と中学が一緒だった。素朴な子で優しい人でした。中学を卒業しても縁は多少あって、メールとか電話のやり取りをしていた。正直に付き合って、結婚までしたかった。けど、それは叶わぬ夢だった。結局、ある人から

「そんな女のために時間使うなんて、人生の無駄よ」

その言葉はとても重かった。それが刺さってしまって何も言わずに彼女の元を離れた。
それから数年して、東日本大震災が起きた。その日は有給で山の頂上にいたおかげか?僕は無傷で助かった。何時間もかけて夜中に町まで出てくると大パニック状態だった。その時から奇妙な夢を見る様になった。それがあの子の夢だった。あの子はあの当時のまま僕の夢に現れて泣いていた。それは何年も続いた。必ず、一定の周期で彼女が泣いているだけの夢を見た。だけど、なんとなく会いに行こうとかは思わなかった。アパートの側や実家の側で何度も彼女を目撃した。直ぐに後を追いかけるのに彼女は追いつく前に煙の様に消えてしまう。
そして、つい先日。僕は彼女と再会した。親友と元担任の先生が調べてくれた。会いに行ったのは彼女の実家だった。そして再会は無言のものだった。遺影と目が合う。享年...25歳。東日本大震災の最中、地震による不幸な事故で彼女は命を落としていた。
思わず腰を抜かした。向こうのご両親が「大丈夫ですか?」と慌てて声をかけて来た。先生と親友も何か言っている。けど脳内の処理が追いつかなかった。冷静さを取り戻すのに思った以上に時間が掛かってしまった。倒れた屋根の下敷きになっていたという。全ての話を頭をだらんと垂らして聞いていた。涙一つ出なかった。先生と親友が交互に肩を叩いて反応を見ていた。すべての話が終わったのは夕暮れだった。先生と親友、彼女のご両親とお姉さん、弟さんが見守る中で声をあげて泣いてしまった。今までの話を全て聞いて抑えていたものが、音を立てて崩れたんだと思う。人前で泣きたくないと思って今までも見送った人たちの前でも無表情を貫いていたのに、彼女に至ってはそれが出来なかった。人様の前で声を上げて泣いてしまった。みんなも泣き始めていた。
自分の中にぽっかりと穴が空いた気分だ。こんなにも別れが辛かったなんてのは初めてだった。つい、さっきバイクで風を切る音を聞いていて浮ついていた何かが落ち着きを取り戻した。
夕暮れ時に風が吹いた。あの子の様に妙に優しい風だった。耳の中に風の音が聞こえてる...。

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