明日を生きる…


朝、なちは嫌いな珈琲の臭いで目がさめた。

母は毎朝、自分の大好きな珈琲を入れるのが楽しみで、自分で選んだ豆からコーヒーを抽出し、こだわりを持って珈琲を楽しんでる

実は母と父との出会いは珈琲だった
それがキッカケで結婚したのだが、
その父は、なちが物心つく前に他界していた…… 。

母は今でもそんな思い出もあるのか、大好きな珈琲だけは妥協せず、常にこだわりを持ち続けていた。

しかし、その珈琲に関して、
娘には全くの関心がなく、
嫌いな珈琲のニオイも、父の記憶も
無いなちにとっては、ただ臭いだけの飲み物である。
口にもしたことも無いのだ

なちは、朝から珈琲の匂いを嗅いで不機嫌になっていた。
母は、そんななちを見ながら声をかけた

母 :「あらなち、もう起きたの?
今日のお仕事は10:00からでしょ?
少し早いけれど、朝ごはんを作るから
そこに座って待ってなさい」

なち :「ねぇ〜ぇ、お母さん、なちがコーヒーの匂いが嫌いなの知ってるでしょ?
部屋の換気くらいしてよ。もぅ」

そう言いながら、なちは空気清浄機を、ターボにして付けた。

母:「もう、そこまでしなくてもいいでじゃない?なちは大袈裟なんだから、はい朝ごはんっ」

なちはテーブルに出された朝ごはんを口に含みながら、何を言っているのか分からない言葉を発した。

しかし母は、なちの事を理解し、
「ハイハイ」と言いながら牛乳を出す

なちはその牛乳を勢い良くいっきに
飲み干した後、食器を母に渡して自分の部屋に戻った。

なちは部屋に入るなり仕事の支度を済ませた後、時間つぶしにスマホを触っていると、母が大きな声をかけてきた

母:「なち、もう。なにしてるの?
遅刻遅刻、家の出る時間が過ぎてるわよ」

なち:「えっ!お母さん、もっと早く声かけてよ〜」

そう言いながらドタバタしつつ、なちは急いで出勤した。

母は、なちが家を出た後、使った食器を洗い終え、2階から掃除機をかけ始める。

奥の部屋から順番に掃除している流れで、なちの部屋に入ると、部屋の換気のために窓を開けながら、ふと机の上を見た。

するとそこには、クリアファイルに挟まれた書類が置いてあった。

その書類を見て、これは大切な書類だと思った母は急いでなちに電話をする

トゥルルル〜、トゥルルル〜📱

母:「もしもし、なち?あんた、机の上にある書類を忘れてるんじゃない?
これは大切な書類じゃないの?」

なちはそう言われると慌てた声で母に言葉を返す。

なち:「あぁ〜〜っ! お母さん、その書類を今すぐになちの会社に届けて

今日の午後から会議で使う書類だから要るのよ
おねがいっ、ねっ
今から家に戻ると大遅刻しちゃうよ」

母:「わかったわよ、仕方ない子ね」

そう言って母は電話を切る。

急いで掃除機を片付けて机の上にあるクリアファイルを手に取り、紙袋の中に入れようとすると、手が滑りクリアファイルを落としてしまった。

中に入ってたプリントが数枚床に散らばった。

母:「あらあら大変、落ちちゃったじゃない、早く急がないと、なちが待ってるわ‥‥」

そう言いながら急いでプリントをかき集め、家を飛び出したように
母はなちの会社へと向かった。

母は会社に着いてなちに電話する。

トゥルルル〜トゥルルル〜📱

なち:「あっ!お母さん着いた?
待ってて、今からロビーに降りるから」

そう言って、なちは一方的に電話を切った。

すぐになちが降りてきて、
小さく手を振りながらやってきた。

なち:「お母さん、ごめ〜ん、書類を持ってきてくれてありがとう。

今日は暑いから、これでも飲んで、
気をつけて帰ってね」

なちはそう言って冷えたペットボトルのお茶を母に渡して急いで仕事に戻った。

母はなちと別れた後、歩いて帰る途中大汗をかきかながら家に向うが、最近疲れやすさを感じやすい母は日陰がある度に休憩を挟む、今は6月で天気は晴天で蒸し暑く、その日の気温は31℃にも達していた。

そんな中、帰りに喉が乾き、さっきなちから貰ったお茶の蓋を開けようとしたが、暑さで力が入らないのか、なかなか上手く蓋を開けられない、

一生懸命蓋を開けようと必死に力を入れ、なんとか蓋が開いた。

母は勢い良くお茶を飲もうとするが、少し飲みづらい感覚もあり、お茶が首にこぼれた。

母は暑さで熱中症かと思い、もう少し休もうと道沿いにある日陰のベンチに座り込み、その近くに咲いてある紫陽花(あじさい)を見ながら一人紫陽花に向かってつぶやく

母:「はぁ〜、今日に限って暑いわね。こんない暑いのに、あなたは元気に咲いてるわね、もう梅雨に入ってるから少しくらい雨が降ってくれてもいいのにねぇ…」

そう紫陽花に話しかけた後、ベンチから立ち上がろうとするが、少し立ち上がりにくい感覚を感じた。

母はもう重度の熱中症になったかと思い、そのまま病院に行った。

診察後、病院の先生に大きな病院で検査入院するように強く進められた。

点滴をして家に帰る予定だったはずの母は何も準備出来ていないので入院に必要なものを娘のなちにLINEでお願いした。

急いで病院に来たのか、血相を変えた娘が息を切らせてやってきた。

なち:「お母さん入院って大丈夫?今日は暑かったから熱中症で倒れたの? LINE見てビックリしたんだよ。でも元気そうで安心した。お着替え、ここに置いておくね」

なちはそう言って少し大きめの荷物を机の上に置いた。

母:「ごめんねなち、急に倒れてしまって、先生は大げさに検査入院と言ってるけど、すぐに退院できるわよ」

入院検査と知らなかったなちはすぐに聞き返す。
熱中症で少し入院するだけと思っていたからである。

なち:「えぇ、検査入院?熱中症でも検査入院するの?大丈夫?」

母:「大丈夫よ、先生も大袈裟よね。
たぶん検査が終わればすぐに退院できるわよ」

そう言って母はなちを安心させようとする

そして次の日から地元の県病院に入り色んな検査が始まった。

なちは検査が始まると落ち着つかない様子を見せ、不安定な行動を取りながら検査の結果を待つ

そして検査が終わり母は娘と共に診察室に入る。

机に向かってる医者が座ってる椅子を回しながらなち達の顔を見合わせてた後、ひと呼吸おいて真面目な顔して言いました。

医者:「検査の結果なんですが、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)いわゆるALSと言う病気です

最近、すぐに疲れたり、ペットボトルの蓋が開けにくかったり、階段の昇り降りや椅子から立ち上がりにくかった
りしてませんか?

その症状の多くは手足の筋力が弱くなることから始まり、いずれは全身の筋力が弱くなることで歩いたり呼吸したりすることができなくなる病気です」

二人とも病名にピンとこないが、先生の話を聞いて指定難病と言う事がわかり、これからどうすればいいのか、難病の対策を聞き、そのまま入院することになった。

それから月日が経ち、母は口を動かすのも疲れるのか、あれだけよく喋ってた母があまり喋らなくなった。

日に日に弱っていく母を目(ま)の当たりにしているなちは母に頑張って生きてもらう為、必死に声をかけたりリハビリしたりする中

日々弱っていく母を見ながらも、1日でも長く生きてもらうためになちは頑張った。

毎日見ていると気が付きにくいが、数ヵ月前と比べると母はやせ細っていき
腕の筋肉が見た目に落ちてきたのが分かった。

それからさらに1年以上の月日が経ち
今では食事を飲み込むことや、言葉を正しく発せなくなって、手足もあまりうごかせなくなり、人工呼吸器を付けることにした。

なちは寝たきりの母になるべく辛い顔を見せないようにしつつ毎日自分の気持ちを抑え母を励ます。

なち:「お母さん、また明日も来るね
明日も一緒にお話して元気になろうね」

そうなちが言うと母は目をウルウルとさせながらただ、ただ、頷く(うなづく)だけだった

次の日も母に会い、話しかけた後、
また明日ねっと声をかけ病室を出る時

母はいつもと同じように目をウルウルさせながら頷くだけでした

そんな日々が続きました。
なちは毎日辛そうな顔をしている母を見て明日を生きるってどんな感じなんだろう。どれだけ不安になるのだろうと!

考えるだけで答えは出ないまま、日々時間だけが過ぎてゆく

そして数日経った出来事である

なちが病院に行くとなちの頑張りの
成果が出てきたのか母が元気になって話しかけてくる

母はいつものように寝てはいるが、口を動かし喋れるようになっていた。

なちは嬉しくて母にいろんな話をした

その中で、母がおかしな事を言った。

母:「なち、よくお聞き、もし私がこのまま死んでしまっても延命治療はしないでほしいの、これ以上なちには迷惑かけたくないからね、今までたくさん苦労をかけたけど本当にありがとう。やっとなちに言葉を伝えられたわ。」

いつものように優しい母はそう言って目をウルウルさせながら左の目から
ひと粒の涙が流れました。

するとなちは、ふと目を覚ましました。

実は病院からなちに電話が鳴っているのに気が付きました。

その電話を取ると看護師さんか言うには母は肺炎を起こして一刻を争う状態らしく早く来てほしいとの事

なちの寝ぼけた顔が、青ざめてながら完全に目を覚まし、急いで着替えてボサボサ頭のまま病院に向かった。

さっきの母との出来事は夢だと確信するのに時間は掛からなかった。

なちは病院に着くなり誰もいない廊下を音を立てながらも急いで走りナースステーションへと向かう。そして看護師さんと経緯を話をしながら息を切らしながら病室に入ると、そこにはベットの上でグッタリと倒れてる母が居た

母の耳元で声をかけてみるが反応がない。しかし、まだ心肺は停止していない様子。

確実に娘のなちの声は聞こえてるはず
と思いながらも母に声をかける。
すると、娘を待っていたように母は
左の目からひと粒の涙を流すと、そのまま息を引き取った。

なちは医者に延命治療を尋ねられたが今さっき見た夢を思い出し、延命治療を断った。

それは、夢でも現実でも母は同じ左目からひと粒の涙を出したからである

その夢が母の遺言だと思いながら
なちはそのまま母の寝てるベットの上で母の顔を擦りながら泣き崩れました

次の日、お通夜の時には母に会いに来てくれた人に大嫌いだった珈琲を煎れている私がいた

その珈琲を煎れるたびに母が大好きだった珈琲の事を話しながら私は目を真っ赤にしているのだ。

母の友人と母のことを話していると
なぜか、あれだけ嫌いだった珈琲の匂いが妙に落ち着く

それ以来、私は毎日珈琲を飲むようになった。

毎朝珈琲を飲んでいた母も父を想いながら珈琲を作って飲んでたのかと思うと、やっぱり母の子供なんだなっと実感しつつ珈琲でホッと、気持ちが落ち着いている自分が居る

余談ですが、実はALS全体の約10%は家族内で発症することが分かっており、家族性ALSと呼ばれています。しかも予防が確立されていません

病気でなくても、死は突然にやってくることもあります。

だから私は明日も健康で楽しく生きる!を目標に毎日生活しています。

明日を生きる……

人それぞれ、価値観が違うと思います
病気で戦う人も、健康な人も…
一人一人いろんな悩み・問題を抱えながらその問題を解決しようと1日1日過ごしています。

私は明日を生きるという問題の答えを出せる人は少ないと思っています

私には「明日を生きる」の答えを出すことは出来ないけれど、ただ、悔いのないように過ごしていきたい

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