紅に思ふ
プロローグ
――京都駅十二時三七分着
東京を午前十時すぎに出たひかりニニ一号は、プラットフォームの発着を知らせる小型の電子掲示板に寸分違うこと無くその巨体を静かに止めた。
夏休みということもあってか、そこから吐き出された乗客はあっという間に広いプラットフォームを埋め尽くした。
――サラリ……
その中で一際目立つ姿――長い黒髪――がゆっくりとプラットフォームに舞い下りた。 周囲にいた乗客は老若男女問わず彼女の姿を一瞥する。近くにいた駅員がしばし職務を忘れてしまうほど美しい黒髪だ。
つややかなどこまでも真っ直ぐな髪に見え隠れする横顔は驚くほど細く白い。腰まで届く長い髪のせいか、どこか古風な感じのする女性だ。
時々長い髪からちらりと見える大き目の瞳にはどこか思いつめた感じを受ける。
観光にしては荷物が少なすぎる。仕事にしては服装がカジュアルすぎる。
先程からその女性はプラットフォームに着くなりおどおどしている。
「――あの」
その駅員は意を決してその女性に声をかけた。長い髪が小さく揺れてその女性はその声の主に顔を向ける。
――きれいだ
その駅員には彼女の美しさをその言葉しか言い表し尽くせない。それはけっして彼がボキャブラリに乏しいわけではなかった。それ以上の言葉で表現すればするほど野暮ったく感じてしまうのだ。
「なにか?」
いぶかし気にその女性は駅員の顔を覗き込む。
「あ、ああ……申し訳ありません。なにかお困りの様子でしたので」
「すみません。お気を遣っていただいて……。実は以前来た時とはあまりにも変わってしまいましたので、少し驚いてたんです」
「そうですか。京都駅は四年前ぐらいに改装いたしましてね、やっと近代的な駅の仲間入りをしたんですよ」
駅員はまるで自分の子供を自慢するようにしばし駅のことを話し出した。
「――いやつい長話になってしまいまして……お引き止めして申し訳ありません」
「いえ、いいんです。急ぎではありませんので。それに大分参考になりました」
「観光ですか?」
ふいにその女性の顔が少し強張ったが、駅員はそのことに気づく気配はない。
「ええ……高校生の時何度か来たことがあるんです。それでつい懐かしくなって……。それにしても随分立派な駅になったんですね」
「有り難うございます。それでも時々こう思うんです。近代的になって便利になればなるほど、なにか大事なものを失ってしまうのではないかと……
あ……いや、大変失礼しました。それではよいご旅行を」
彼女は小さくお辞儀をし、やがてごった返す観光客の中に溶け込んだ。駅員はその姿やけに遠く感じる気がしてならない。次第にもう二度とあの美しい女性を見ることができない気がした。
駅員は慌てて声をかけようと思ったが、通常の職務に戻ることにした。
――とても自殺するような女性には見えなかった。彼女の言いう通り観光なのだろう。そして再びこのホームに姿を現すに違いない。
その想像は確かに間違ってはいなかった。もっとも合っていたのは前半分の想像だけだが――
一
山形有子は今にも折れてしまいそうな細く白い腕で、乗り合い場所で乗客を待つ一台のタクシーの窓を軽くたたいた。
「△△院までお願いします」
腰まである長い黒髪がタクシーの中にするりと滑り込む。
△△院とは京都でも有名な尼寺で風光明媚な場所としても有名だ。そこを訪れる観光客も多い。タクシーの運転手は有子も観光目的でそこに訪れるのだと思った。
彼女は硬い表情で窓に映る風景をじっと眺めていた。
「お客さん、京都には何度か来たことがあるでしょう」
「え? わかるんですか?」
バックミラーに映る表情からようやく硬さがとれる。運転手は鏡越しに笑顔を返した。
「一応プロですからね……お客さんの顔を見るだけで一見さんかどうかぐらいね」
「実は高校の時以来なんです。駅も町並みもすっかり変わってしまって……本当にここ京都かなって……」
「このあたりはねえ……でも△△院あたりまで行けばそうでもないですよ」
「そうですか」
小さな童顔に車内がパッと明るく輝くほどの笑顔が咲く。
――近頃では見かけない女性だな……
運転手は少し古風な感じのする女性が嫌いではなかった。
「着きましたよ」
△△院までは二十分ほどかかったがタクシーの運転手の話術が巧みなせいか、さほど苦にはならなかった。
「あの……お釣り多いんですけど」
「サービス、サービス」
軽快な音をたててタクシーは去っていった。その姿が見えなくなるまで有子はその車を見送り続けていた。
有子の正面には太陽の光がほとんど入り込まないほどの森林とそれに見守られるように作られた石段が見える。有子はその石段にゆっくりと足を進める。
けっして急勾配なわけでもなく、崩れたところも一つもないが、有子は慎重な足取りで一歩一歩踏みしめる。有子はその一歩ごとに昔ここに来たことを思い出していた。
有子が初めて京都に来たのはT高校四泊五日の卒業旅行のときだ。家も隣同士で小さい頃から幼なじみ同然に付き合っていた彼にふられた有子にとって、それはちょっとした失恋旅行だった。
もともと自由な校風で卒業旅行とあってか旅行の初日と最終日以外はほとんど生徒たちの自由活動に割り当てられていた。有子たちも二日目の自由行動まではグループで行動していた。ところが翌日の自由行動の時に友人の聡子が「集合場所決めてその間は個別に行動しましょうよ」と言い出したのがきっかけで、有子たちのグループは個別行動をとることになった。
――聡子たちったら、どうせ他校の男子をナンパしてるんだから……
独り部屋に取り残された有子は聡子が衝動買いで購入した「京都古寺マップ」に所在なく目を通す。
有子のページを早送りしていた手がピタリと止まる。その寺の写真を見た瞬間、有子は自分の体が雷に打たれた衝撃とともに奇妙な感覚に囚われた。
「なんだか……私を呼んでるみたい」
有子は居ても立ってもいられなくなり写真に写った△△寺に向かった。
なんの連絡もせずに行ってしまったが、若い尼僧は優しい笑みを浮かべて丁寧に住職の貞信のところに案内された。
住職の貞信に傷心のことを話すと、貞信は有子に説法を説いた後座禅を薦めた。
初めての座禅に苦労した有子だが、次第に時間が経つのも忘れてしまうほどに没頭した。
有子はすぐにでも尼僧になりたいと言ったが、貞信は「慌てることはありませんよ、有子さん。あなたはまだ若いのですからこれからよくお考えなさい。それでもあなたがもし心変わりすることなく御仏にお仕えしたいと望むのなら、その時は快くお迎えいたしましょう」と答えた。
△△寺を後にしたとき、心の中に残っていたしこりはすっかり消えていた。
――まるで生まれ変わったみたい
そのとき行った△△寺での体験が有子の進路を一変させた。
その後T大学の人間学部仏教学科を卒業した有子はP書店に就職した。P書店は仏教関連を主に取り扱う中堅の出版社だった。
入社当初有子は目の回るような忙しさに追われながらも、一日として帰宅後の座禅は怠ることはなかった。
今まで堅実な業績を残していたP書店に異変が生じたのは入社してから三年たった頃だった。丁度出版不況の煽りを直撃したP書店は大手のG書房に吸収合併されることになったのだ。
吸収されたP書店はその独自性をすっかり失い、G書房の単なる小間使いと化したのである。すっかり変わり果てたP書店に有子は「退職届」という三行半を叩き付けたのだ。
石段を登りきると、有子の視界に懐かしい風景が飛び込んだ。
南北朝時代の争いの中傷一つつくことはなかったと言う重厚な門、その門からは新緑色の木々に縁取られた本堂、その右隣にはかつて有子が座禅を組んだ禅堂が見える。まるで一枚の日本画のようなその風景に尼僧の影がポツンと小さくたたずんでいた。
「お待ちしておりました。山形有子さん」
「……貞信さま?」
「あなたなら必ず再びここに来る――そう信じておりました」
ニ
有子が仏門に入ってから三ヶ月がたとうとしていた。有子はいまだに有髪のままである。
「有子さん、あなたの御仏を思う心、そしてかたくなまでの熱意はよく伝わりました」
「そ、それでは貞信さま私を」
貞信は皺が無数に刻まれたか細い手で有子の声を止めた。
「有子さん、ここはひとつこの貞信に今一度あなたを試させていただけないでしょうか?」
「私を試すのですか?」
「はい。尼僧になるということはあなたが想像している以上に遥かにつらいことなのです。そして尼僧の生活はもっと厳しいものなのですよ。
あるものは尼僧になって半月もたたずに都会が恋しくなってここを去りました。また十年も長くいたある尼僧は辛い修行に耐えられずここを去りました――あまりにも自分に厳し過ぎるがゆえに、いつの間にか御仏の教えが見えなくなっていたのでしょう。そしてあるものは剃髪式の途中で『髪を切るのはいや』と泣き叫んで去っていきました――まだ剃り残した髪が半分以上もあったのにもかかわらず……」
貞信の真実味を帯びた話に有子の体は硬く強張り、顔にはうっすらと汗が浮かんだ。
「有子さん、あながそうなるとはこの貞信も信じたくはありません。ですがこの貞信の老いた目に狂いがないか二、三ヶ月の間試させていただけないでしょうか?」
「――はい」
――貞信さまの言う通りね。
有子は誰もいないのを確認し一人苦笑いをこぼした。見習いとなった有子は初めから一人前の尼僧としてみなされていた。もっとも明るく人一倍人懐っこい性格の有子は上下問わずどの尼僧からも好感をもたれていた。唯一周りの尼僧と違うのは長い髪とまだ「山形有子」のままだということぐらいだ。
「有子さん!」
「あ、貞信さま」
「あなたですね。慈薫や智光らに『カンゼロ』の生写真を渡したのは!」
「『カンゼロ』です。貞信さま」
「口答え無用!」
「も、申し訳有りません……」
「罰として夕食まで座禅を組んでいなさい。それから明日あなたの『剃髪式』を行います。覚悟はいいですね」
「そ……それでは……貞信さま!」
「三ヶ月間よく頑張りましたね。そ、それから私は『グリーンマン』が好きです。おぼえておきなさい」
「さ、貞信さま?」
以外とミーハーな一面を見せた貞信の背中を有子は唖然と見送った。
有子の「剃髪式」は雲一つない晴天と△△院あたり一面の紅葉に見守られながら行われることになった。
早朝有子は△△院から少し離れたところにあるH滝で禊ぎを済ました。
これが最後となるためか、有子は腰まで届く自慢の髪を丹念に清めた。
白装束を身に纏った有子は固く緊張した面持ちで本堂に入る。本堂には貞信のはほか五、六人の尼僧の姿だけが見える。
「これより山形有子の『剃髪式』を行いたいと思います」
広い本堂の隅々まで通るほどの声で貞信が宣誓すると、正座をして待つ有子の前に三宝が運ばれる。
もう一人の尼僧が慎重に運んできた真新しい木製の桶には先ほどH滝からとってきた水が一杯になっており、そこには二本の剃刀が底のほうで静かに眠っていた。
そのうちの一本が貞信に手渡されると、おごそかに尼僧たちが経を唱え始める。貞信は背中のあたりで一つに結わえてあるこよりを丁寧に解く。次第に有子の長い髪がゆっくりと背中に広がり、本堂に差し込む陽の光が当たって幾層にも光の輪を返した。
貞信自身までもが剃り落とすのを躊躇するほどの美しい髪だ。貞信は小さく深呼吸をすると、剃刀を手に取る。
有子の一礼が式の始まりの合図であった。
貞信は有子の髪の一房を手に取り、優美な動作で剃刀を近づける。
――ザク、ザク……
ほとんど濡れたままの有子の髪は鈍く重い音をたてて、再び有子のもとに戻った。
貞信の握られた剃刀が動きだす。今まで一度も髪を短くしたことがない有子はわずかに背を震わせる。
一房の髪が肩下あたりから切り取られ、貞信の小さな手に切られた黒髪が小さく揺れる。有子から離れてもその髪はつややかさも光沢も一切失うことはなかった。
『一礼のあと髪一房を落とす』
△△院の習わしに従い、有子は再び小さく頭を垂れる。貞信はそれを確認すると、髪を一房軽く掴み剃刀をあてる。
有子は終始目をつぶり手のひらを合わせ生まれて初めての断髪にじっと耐える。
――ザク、ザク、ザク……
切り取られた有子の長い髪は純白の布に次々と置かれる。
最後の一房にゆっくりと剃刀が入った。
三
尼僧たちの経が一区切りすると、有子の髪は肩の下あたりですっかり切り揃えられていた。だがこれで『剃髪式』は終わりではない。△△院では髪を完全に剃り落とすことでようやく一人前の尼と認められるのだ。
貞信は桶一杯に汲まれた水を少しずつ有子の髪になじませると、二本目の剃刀を桶から取り出す。
再び経が唱え始められる。有子が心持ち頭を下げると、もう一人の尼僧が真っ白な紙を有子の額のところに近づける。
――いよいよだ
有子が心の中で深呼吸をし、目を開いた瞬間だった。
貞信は有子のつむじあたりの髪を軽くかきあげると、そこにはわずかだか髪の分け目があった。冷たい刃がピタリとそこにとまる。剃刀がゆっくりと引かれるとおぞましい音をたてて剃刀が有子の額まで一気に滑る。
――ゾリ、ズズズ……ゾリゾリ
剃刀は有子の髪の抵抗をものともせず、そこに青白いあぜ道を真っ直ぐに作った。
バラバラと白い紙に有子の前髪が何十本も散った。
有子は何が起きたのかわからずしばし呆然と紙に散らばった黒髪を呆然と見詰める。さらに頭の上で剃刀が動く感触がした。
ジジ……ズ、ズズ、ゾリゾリゾリ――バサ、バサバサ……
時として剃られた髪は有子の鼻や頬に張り付く。有子はようやく自分の髪が剃られていることがわかった。もう両目には涙がにじみ始めている。前髪の半分が青白い地膚が見え始めた頃には、すでに有子の顔は洪水状態だ。かろうじて声は出さなかった。有子はただ必死に目をしばたかせて止めど無く流れる涙を頬に伝わせる。
耳のあたりに剃刀が走ると、その音が鼓膜を突き破りかねないほどの大音響となって脳裏の奥まで響いた。
有子の手はブルブルと震え、顔は涙でくしゃくしゃになっていたがそれでも有子はけなげに耐えつづけていた。ただ剃り落とされた髪が肩に当たった時は何度かくぐもった声を出してしまったが、経の声にかき消されたせいか幸い誰にも悟られることはなかった。
有子は必死に心から経を唱え始める。
反対側の方にも剃刀が当たった頃には――経を唱え少し心が落ち着いたせいか、頭が軽くなったせいか、それとも普段外気に触れない頭皮が露わになり爽快な気分になったせいか――次第に有子の心は晴れやかになった。
最後の後頭部の髪を剃り落とす時は今までで一番重い音をたてて髪が根元から離れていった。
バサリ、バサリ――
白い紙には剃り落とされた黒髪が山盛りになった。
「有子さん、よくつらい『剃髪式』を耐えて下さいました」
貞信も涙を滲ませ小さな体で有子を抱き寄せた。
「……はい」
まだ涙はとまなかった。しかし有子に悲しい気持ちはもう微塵も残っていなかった。今有子は一人前の尼僧になれたことに心の奥から歓喜を味わっているのだ。
「もうあなたは『山形有子』ではありません。これからは『山形蓮華』と名乗りなさい」
「貞信さま有り難うございます」
今、△△院に若い尼僧が誕生したのである。
式が滞りなく終わると、有子は早速浴場に向かう。真新しい青白く剃られた頭に髪が張り付いているのでそれを落とすためと、本当に髪を剃ったのかどうか確かめるためである。
浴場にある大きな鏡に若い尼僧が映る。白装束を身に纏った若い尼僧は有子一人しかいない。
「う……そ……」
――確かに私は『剃髪式』を受け尼僧になった。それはわかる、わかるけど……。
長い髪の時とあまりにもかけ離れたイメージに有子の頭は混乱した。
おそるおそる鏡に映った形の良い頭に手を当てる。
――ゾゾゾ、ゾゾ、ゾ……
有子は何度も何度も自分の頭をなでてみるが、無情にも手に残る感触は同じだった。
スルリと手は何の抵抗もなく、有子の頭を滑る。早朝重たいほどあった長い髪は嘘だったのだろうか……
呆然と有子は手を離すと、手のひらには何本かの剃り落とされたばかりの髪の毛がこびりついていた。
「あは……あははは……」
有子は蛇口に頭を近づけ荒々しく頭を洗った。蛇口から放たれる激しい水の音にかき消され、有子の挙げた涙声は浴場から漏れることはなかった。
エピローグ
京都駅の周辺は気の遠くなるほどの月日が経っても、未だに相変わらず人の手によって目まぐるしく変貌を遂げている。もはやそれが何度目なのか覚えている者は一人としていないであろう。
それに取り残されたかのように△△院は数多くの森林によってその周囲を色とりどりの紅葉に縁取られている。
――この紅葉を目にできるのはあと何度くらいだろう。
蓮華はようやく長い眠りから覚めると、小さな窓に燃えるほど赤く染められた景色がその目に優しく飛び込んだ。
「蓮華様、お目覚めになりましたか」
若い尼僧は疲労を見せずに明るい笑顔を蓮華に向ける。
若くして△△院の住職となった蓮華も今年で満八十歳を迎える。さすがに体は痩せ衰え、顔や手には深い皺が無数に刻まれているが、『△△院の美僧』の面影は今でも十分に残っている。
「ええ。ここから見える木がこんなに葉を赤く染めているものですから」
「もう紅葉の季節ももうすぐ終わりですよ」
「そうですか。ここから見たかぎりはそうでもないのに」
「精一杯この木なりに蓮華様の心配をしているのです。
蓮華様が一日も早く元気になられますように、と」
「そう……ですね。それにしても随分昔の事を夢に見てしまいました。それより私の体のことはいいですからあなたも休みなさい。一睡もせず私の看病をして、あなたが病気になられては元も功もないではありませんか」
「も、申し訳ありません。蓮華様……お薬をとってきたら私も休ませていただきます」
本当にすまなさそうに体を小さくして光照は蓮華の寝床から離れる。
「光照……私の看病に付き添って下さったこと……この蓮華一生忘れません。ありがとう」
「……蓮華様」
蓮華の暖かい言葉に感涙の涙を滲ませた光照は、照れ隠しに慌てて薬を取りに行った。
クスクスと微笑を浮かべ若い尼僧の後ろ姿を見送る。
――光照……住職はあなたに譲ります。頼みましたよ
光照が戻ると蓮華は安らかな顔で窓際の壁に寄りかかっていた。
「蓮華様、いくら今日は暖かいとはいえそれでは御体に触ります」
光照は苦笑いを浮かべすっかり弱々しく小さくなった蓮華の体に触れる。その瞬間光照の顔は青ざめた表情に変わる。
「……。れん……げ……さ……ま? 蓮華様、蓮華様! 蓮華様! 蓮華様ー! だ、だれか……早く医者を!」
――もう、そんなに急くこともないのに……
窓からすっかり秋の色に染めた葉が二枚、三枚と蓮華のもとに舞い落ちる。やがての無数の落葉によって△△院の境内一面が色とりどりに敷き詰められていく。
例年よりも幾分早く京都は冬を迎えようとしていた。
ー了ー
*****
参考文献
「尼は笑う」 麻生佳花著 角川書店
「尼寺三十六所法話巡礼」 尼寺三十六所霊場会・編 朱鷺書房
参考HP
*パノラマで見るJR京都駅
*(株)ジェイアール東海エージェンシー
*JR京都駅の歴史
*京都の紅葉
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