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アナザー・サマー(第3話)

   * ◆ 瑞希 ◆ *

「補講もあと三日で最後か……」
 私は肩を落としトボトボと学校へ向かう。
 二週間にもわたる先生と二人だけの補講――楽しかった、夢のようだった、このままずっと終わらなければいいと思った。
 補講を嫌がっていた私に先生は真顔で
「もう一つの夏を見つけてみないか」
 だって……
 思わず吹き出しそうになったけれど、その言葉は私の胸にストレートに突き刺さった。
「ま、夏休みが終わっても先生に会えるし。そうだ今日は五センチぐらい切ってもらおうかな……フフフ」
 思わず私の顔はほころび、以前授業中に流した音楽がリフレインする。
 もう一つの春が来る。
 もう一つの夏が来る。
 夏休みはもうすぐ終わる。それでも私の中では『もう一つの夏』はまだ終わらない。


   * ◆ ※ ◆ *

「じゃあ先生、今日は五センチ切って」
「五センチ? いつも揃えるだけなのにどういう風の吹き回しだ?」
「いーじゃん、別に。ちょっと膝から超えちゃったから膝のラインで揃えようかなって思っただけ」
「いいのか?」
「いいの」
 長さにしてみればほんの五センチ程度だが、それでもケープをかけられた時点で瑞希の心臓の鼓動は一オクターブ上がる。
 チャキ、チャキ、チャキン……
 いつもは乾いた音を鳴らす鋏が少し重い音をたて始める。
 瑞希はぎゅっと目をつぶりただ鋏の音が鳴り止むまで無言で耐える。
 パラパラと小さい音をたてて床に落ちる音が自然と瑞希の耳に入り込む。
(ほ、本当に切ってる!)
 瑞希は心の中で小さく悲鳴をあげた。
 鋏の音と床落ちる髪の毛の音が痛いほど耳に響く。

「お疲れ」
 狩野の声とともにその音が急に鳴り止んだ。ケープが外されると同時に瑞希は目をゆっくりと開く。
「今度は全身が映る鏡を持ってきたぞ」
「せんせ……こんなのどっから調達してきたの?」
「保健室……」
「またあ! あとで返してきなよ」
「わっかてるよ。それより見たいんだろ。見ないんだった片づけるぞ」
「見ます! 見させていただきます」
 瑞希は恐る恐る鏡の前に立つ。
 つい先程まで膝下あたりまで長さだった髪は膝のところできっちりと揃えられている。
 瑞希はしげしげと鏡に映った自分を見詰める。
「こんなもんかな」
「合格?」
 狩野は期待と不安に目を輝かせる。
「うーん。まあまあ……かな」
「なんだよ」
 がっくりと項垂れる狩野の姿を見て瑞希はペロっと舌を出す。心の中で瑞希は小さく「合格」とつぶやいた。
「嘘、嘘。合格。先生には百点満点をあげます」
 瑞希は鼻歌交じりに鏡の前で一回転をする。それに応じて瑞希の長い黒髪がヒカリ帯びながら宙を泳いだ。
 バサリ
「なあに? 先生。もしかして見とれちゃってる?」
「ば、バカを言うな! それ今口ずさんだ歌は……」
「この前、先生が教えてくれた歌だよ。ジミー・クリフだっけ? 今日は夏祭りか……どうしようかな。聡子は良子達と旅行、朱美は家族でハワイだもんな。あーあ、誰か一緒に行ってくれないかなー、チラチラ」
「わかった。わかった。行けば良いんだろう」
 大きなため息をつき、うなだれた狩野の姿を見て、瑞希はにんまりと笑みを浮かべる。
「そうこなくっちゃ! 一緒に楽しもうよ。不良せん、せ:
「不良は余計だ」
 夏はまだまだおわらせないよ、先生。
 瑞希は心の中でその言葉をつぶやいた。

 ※Jimmy Cliff - Another Summerより一部歌詞を引用しました。

※第4話は2020年3月掲載予定です。

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