一グラムの幸福
<1>気になるお隣さん
(1)コウ
「もう! コウったら、ちーっとも待っててくれないんだから!」
さっきまでの笑顔はどこへやら、詩織の雲行きが暗転する。
「おい……こっちだって十分は待ったんだぞ」
「ウソ! 本当は五分でしょ」
図星をつかれた俺は詩織の視線を外した。詩織は「やっぱり……」とさらに頬を膨らま
せる。
「いいだろ五分だって、十分だって……待ったことは事実なんだから」
「私だってね、毎日寝坊ばかりしてるお隣さんもったおかげで……いつも……いつもいつ
もいつも! 十分は待ってるんですからね!」
――ヤベ……とんだやぶ蛇だった……
俺は詩織に聞こえないように心の中で舌打ちをならす。
「悪かったよ。今度は五分ばかり早く家出るようにするから」
「……また。そういうことを言う」
「いいだろ。俺さ、詩織が先に待ってるのを見るとなんだか安心するんだ」
詩織の方に顔を向けると、今度は詩織の方がそっぽをむいた。以降学校に着くまで詩織
は顔を伏せて口を利かなくなった。
本当に詩織のヤツ怒っちゃったのかなあ……
(1)詩織
もう! コウったら! 全然わかってない、わかってないんだから!
あげくのはてに『詩織が先に待ってるのを見るとなんだか安心するんだ』ですって?
まったく、調子いいんだから。
でも……あの言葉……
聞いた瞬間、胸がドキっとして……自分でもわかるぐらいに急に顔が真っ赤になっちゃ
うし……
ドキドキと大きくなった心臓の音がコウに聞こえないかなって心配になっちゃった。
本当のこと言うと、私コウと一緒にいるとなんだか安心するの。その反対に一日でもコ
ウの顔を見ないと、コウったら何やらかすか心配で心配で……
あれ? 私なんでこんなにコウのことばっかり……
なんでだろう……幼なじみだから? それともお隣さんだから?
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