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「少女文学 第三号」刊行のお知らせ&神尾あるみサンプル

2020年5月2日(土) C98開催【中止】

どうも、神尾あるみです。
夏コミ初参加! ……と、わくわくしていたんですけどね、5月2日現在、わたしは自宅におります。夏の足音が聞こえる、気持ちの良い皐日和です。
エアコミケで、ちょっとだけコミケの空気を感じました。

さて、そんなわけで、「少女文学 第三号」の通販が開始されました。

青海と晴海を間違えて告知した前科があるので、やっぱり詳細については紅玉さんのページでご確認下さい。
通販についてはみなさまのご都合のよいほうでぜひ。

「少女文学 第三号」(表紙イラスト・鈴木次郎)
  特集 少女の出会う謎(ミステリー)

さらに、前回までは会場販売限定の特典だった小冊子「居酒屋 少女文学倶楽部」が、この事態を受けてネットでの公開となりました。

…………読んだひとは口をつぐむように。
次回こそ、居酒屋にネタを投下しない優良原稿提出者になりたいと思います。

物流さんや通販サイトさんもお忙しいころでしょうし、もしかしたらお手元に届くまですこし時間がかかるかもしれません。届いたらぜひお楽しみ下さい。

それでは、以下は神尾のサンプルです。
島田ハチさんのポップでキュートな扉絵もご堪能下さい。(こんなにいっぱいモチーフ描いていただいて、ありがとうございます。プレデターまで……)

ホワイトデーには幽霊を添えて


 ――先月、生まれてはじめて本命チョコをもらった。
 ――今日、死んではじめてのホワイトデーを迎えている。


「……っていうそんな哀しい話があっていいのだろうか? 許されないんじゃないか? 恋愛映画的には」
 有島尚吾はそう言って、映研の平部員仲間である渡来(わたらい)涼に同意を求めた。
「おまえの好きなB級映画ならざらにあるだろ、そういう間抜けな展開が」
「見て分かるように、いまの俺はきわめてデリケートな状態なんだぞ。もっと気を遣ってくれていいと思う」
 有島が主張するデリケートな状態というのはつまり、衣服も含めて全身が透けている状態のことである。
 ごく普通に起床し、顔を洗って部屋に戻ってきた渡来を、ベッドの上で胡坐をかいている有島が「おはよう」と片手を挙げて迎えたのだった。
「おまえ、やっぱり、あれか? いわゆる……」
「幽霊な」
 言い淀んだ渡来の言葉を引き取って、有島が真面目な表情で頷いた。
「どうもそうらしい。だからもうすこし丁重に扱ってくれ。でないとうっかり成仏してしまうかも知れない」
「本当に幽霊なら、成仏こそ本願だろうが」
「いや待て。俺にはまだ未練がある」
 有島はすっくと立ち上がり、まだパジャマ姿の渡来に向かって以下のように宣言した。
「生まれてはじめてもらった本命チョコにお返しもしないのでは死んでも死にきれん。ゆえに渡来、誰が俺にチョコをくれたのか一緒につきとめてくれ。どうも思い出せんのだ」
「……おまえ、最低だな」

 有島尚吾は生まれてはじめてもらった本命チョコの贈り主のことを、すっかり忘れてしまったらしい。

        ◯

 有島と渡来は高校の入学式当日にはじめて喋って、その日の夕方にはお互いの愛してやまない映画のことを知っていた。流れるように二人して廃部寸前だった映研のドアを叩き、映画のことばかり飽きもせずに語り合っていたらあっという間に三年が経過していて、たまたま同じ大学を志望していたから四月からもこんな日常が続くのだとなんとなく予想していたのだった。
 二月十四日までは。

「俺だってチョコレートアレルギーで死ぬなんて予想してなかったさ」
「当たり前だ。予想して食べたんならそりゃ自殺だ」
 死んだというわりには、有島は元気そうであった。
 とうに卒業式が終わっているというのも、幽霊には関係ないのだろう。有島は学ラン姿で、薄いブルーのカバーがかかった渡来のベッドに陣取っている。
 卒業式までには床屋(駅前の千円カットが行きつけだ)に行かねばと言っていた彼の黒いくせっ毛は、無理をすれば一つに結べるくらいに伸びている。目にかかって邪魔だとぼやいていた前髪は、黒いピンで無造作に止められていた。
 最後に会った日、つまり二月十四日に、渡来がつけてやったピンだった。
 渡来が椅子に腰かけ、有島はベッドの上で窓を背にして胡坐をかいている。
 その光景は、二月十四日までのおよそ三年間、よく目にしたものだった。互いの家にあまりに入り浸っていたせいで、本人が不在でも勝手に上がってくつろいでいるなんてことがまかり通っていた。
「まあ、直接の原因はアレルギー症状というよりも、それで焦ってうっかり階段を踏み外したせいなんだけどな」
「人騒がせにも程がある」
「騒がせついでに、頼みごとをきいてくれ」
「チョコの贈り主だろ? ……忘れるくらいの相手だったんだから、わざわざ探す必要なんてないんじゃないか?」
 朝陽に透けた手で、有島はベッドサイドに置いてあるプレデターのフィギアを掴もうとして失敗する。それは渡来の誕生日に有島がゲーセンで大騒ぎしながら獲得したものだった。その隣に並んだゴジラもエイリアンも大アマゾンの半魚人のフィギアだって、幽霊の手では掴めない。
「死んだショックで贈り主はど忘れしたが、死ぬ間際、ホワイトデーには絶対にお返しをしなくてはと思ったのは覚えてるんだ。だから一ヶ月越しで化けて出てこれたんだろうな。いまとなってはなにができるか怪しいけど」
 それでも、と有島が真剣な眼差しで続ける。
「俺にチョコをくれたのが誰か、一緒につきとめてくれ」
 気づいたときには、渡来の身体は勝手に頷いていた。あまりに有島の視線が真っ直ぐすぎるから。
「幽霊からお返しなんて、相手だってびびると思うけどね」


      (「少女文学館 第三号」本誌へ続く)


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