Muse杯で出会った、澄んだ流れを感じた作品

昔から、死が底流にある作品に惹かれる傾向にあります。

たとえば、『恵里子』という絵画作品。
こちらの画集に所収されています。

作者の諏訪敦先生は、スーパーレアリスムの洋画家。
実際にモデルさんに触れたりして、その存在を確かめながら写実作品を作り上げていく方です。

『恵里子』は諏訪先生の制作スタイルを考えると、かなり特殊な作品です−−制作時、モデルはすでに鬼籍の人となっていたので。
この作品は、愛娘を失った父親からの依頼で制作されました。

『恵里子』と向かい合うとき、私は言葉を失ってしまいます。
制作の経緯、その過程、そしてご両親の悲痛な思い、諏訪敦先生が声なき恵里子さんと対話して、もう一度この世へすくい上げていく様子……
そういった荘厳な気配を前にすると、死とは犯せぬ神聖なものではないか、と思えてなりません。

死者と、その縁者の間の絆には、その奥底にどこまでも澄んだ流れが感じられるから。

     *

先月末、私も応募した私設賞・Muse杯の募集が締め切られました。

広沢タダシさんの『彗星の尾っぽにつかまって』(https://www.youtube.com/watch?v=s4t7uXGMMXA)をテーマに、自由に創作しましょうというこのコンテスト。
140以上もの作品が集まったそうで、作品が織りなす流星群が圧巻でした。

テーマ曲が「命」の普遍性そのものを歌っているため、Muse杯でも、悲しみの奥底に澄んだ流れを感じる作品と出会いました。

たなかともこさんの、こちらの作品。
ご友人が亡くなられて、いろんな感情が心の海を駆け巡っている中、それでもお医者さんとしての冷静な知見を述べられています。

「私自身は癌、という病気そのものに“感情”は持っていない」

文章が視界に入ったとき、私はキュッと口を結んで、すごい人だと感じました。

「恐れや怒りに目を眩まされるな。
すべての在るものは、ただ在るように在るだけ」

『蟲師』(漆原友紀、講談社)という漫画に、こういった趣旨のセリフがあり、衝撃を受けたことを、たなかさんの文章で思い出しました。
一見悪いと思えたこと、怖いと思えたものでも、その存在は自分のプログラムされた通りに存在しているだけであり、悪ではないのだと。

お医者さんって、それに対抗するものじゃないの?
と思っていましたが、命に真摯に向き合ったからこそ、このような視点が生まれるのだと実感しました。

たなかさんは、こちらも投稿なさっています。

彗星が、こんな形で出てくるんだーって感動しきり。
だいぶお話を削ったそうですが、完全版を出していただいたら購読したいと思うぐらい素敵なお話で、二人の後日談を、ちょっと覗いてみたい。

もう一つ、涙が出てしまった作品が、こちらでした。

湖嶋イテラさんのこちらの作品、私が勝手にご紹介して、筆者の方を傷つけないか心配なのですが……
読めば読むほど、ページから離れられなくなりました。
「こんなことが、起こるんだ……」と、胸の奥に鈍い衝撃と、重たい悲しみが起こりました。
こういう命の存在の仕方、変化の仕方があるのかと。

ただ哀しいけれど、その宇宙は、空の上の宇宙に直結していたみたいなんだよ。
やるせないけど、どうもそういうものらしいんだよ。

湖嶋さんの愛情と、やるせない思いが、夜明け前の空のように澄んで、凛と澄んだ流れを作り出していました。
涙のような流れで、ご本人にとっては苦しい気持ちだろうなと感じていましたが、いなくなってしまった子への深い愛情もたくさん伝わってきて。
文章の傍に、ずっと佇む私がいました。

湖嶋さんは、もう一つ作品を投稿なさっています。

こちらも、洞察が深くて、離れられなくなりました。

湖嶋さんのお母様が、酔ったときにほろりと出した言葉を読んだとき、胸を衝かれるような思いがしました。
湖嶋さんの個人的なお話ですが、お母さんと子供、という、普遍的な関係について考えさせられました。

     *

ご紹介した作品を書かれたお二人とも、執筆にはすごいエネルギーが必要だったんじゃないかと思うんです。
感情が揺さぶられた出来事を、客観的にわかりやすく受け取りやすい表現にしていって、かつそこに自分の気持ちを宿らせるということは、受け取り手への配慮に他ならないから。

『彗星が見えなくなる前に』も、『交差点』も、『恵里子』。
表現者の、いなくなってしまった人たちはもちろん、受け取り手へも向けた優しさと思いやりを感じる作品でした。

その優しさで、いなくなってしまった人たちと面識のない私たちが、彼らとほんの少しだけれどイメージの世界で触れ合える。
表現の持つ、魔法のような可能性について実感することとなったMuse杯でした。

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