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呪いと村田沙耶香さんの世界

世の中には呪いがはびこっている。

勉強を頑張っていい大学へ行き、いい企業に就職するのが良い人生である。
20代から30代くらいに結婚して、子供ができて週末は家族でバーベキューをすることが幸せである。
男らしくや女らしくといった価値観、逆に行き過ぎた男女平等感に基づいて表面上の平等を達成しようと躍起になるのもまた同じく固定観念にとらわれている。

僕はこれらの固定観念は人々にかけられたある種の呪いであると感じる。
別にこうでないといけない理由は何もない。
僕も少なからず固定観念に呪われている部分はあると思うが、上記の呪いはあまり感じない。

なぜ自分はそういった呪いを感じていないのだろうと考えてみた時、村田沙耶香さんの小説を読んだことが一つの大きな要因かと気づいた。
そこで村田さんの小説の内容を呪いという観点から考察してみると、この呪いというものが村田さんの書く小説全てを通じたテーマなのではないかと思い始めた。



一応、村田沙耶香さんについて簡単に紹介したい。
村田沙耶香さんは僕が一番好きな作家さんであり、
代表作は
芥川賞を受賞した「コンビニ人間」

「殺人出産」

「生命式」

などなど

例えば「殺人出産」では10人子供を産んだら人を1人合法的に殺していい世界が描かれているなど、ぶっ飛んだ世界観と生命や性に関する描写が多いことが特徴である。


主人公はたいてい社会の呪いになじめていない人である。
ただしそれらは2パターンに分かれる。

①現実の社会の価値観になじめていない
②仮想の社会の価値観(我々の世界とは全く異なる)になじめていない

ネタバレになってしまうが、基本的にオチとして現実社会の呪いを解呪する方向に着地するのが特徴である。つまり①の場合は社会の価値観に合わせるのをやめて、自分の価値観で生きていけるようになる、②の場合は我々からすると奇妙にしか思えない世界の価値観に対して、最初は否定的だった主人公が、そのすばらしさに気づいて終わるという感じである。
こう書くと後者が恐怖の物語のように思えるが、実際に読んでみると読者自身もだんだんとその価値観のすばらしさ、または自然さに気づき、逆になんで気持ち悪いと感じていたのだろうと解呪の方向に心が動く。

一応僕の主観に基づいて読んだことがある範囲で小説を分類してみると(この分類をすること自体も僕の主観だが)

①「ギンイロノウタ」(2008)、「タダイマトビラ」(2012)、「しろいろの街の、その骨の体温の」(2012)、「コンビニ人間」(2016)、「地球星人」(2018)

②「殺人出産」(2014)、「消滅世界」(2015)、「生命式」(2019)

こうしてみると初期には現実社会の物語が多いが、「殺人出産」あたりから仮想世界の話が増えていったのがわかる。
社会の呪いを明らかにするうえで、物語における社会を変えてしまうという逆アプローチは面白く、村田沙耶香さん独自の色になっている気がする。一見するととんでもない世界だが、よく考えてみるとそちらの方が正しい気がしてくるという本質的をついた設定とそれを納得させる展開の発想力がすばらしく、呪いに対するアプローチとして村田さんが見つけた境地のようにも思える。
また僕が村田さんの小説を好きな理由は、社会の呪いを暴きますよというある意味いやらしい視点ではなく、村田さんが常に世界や人間を肯定していることにあると思う。
おそらく村田さんには常に人間のすばらしさを伝えたいという思いがあり、新しい価値観を提示するのも、物事を否定的に見ずに、こう考えた方が人や世界のすばらしさを感じることができますよねという肯定的に生きる上でのヒントを与えてくれているのだと思う。



村田さんの小説に触れて社会の価値観が絶対ではないことを知り、だんだんと自分の価値観を肯定できるようになっていったと思う。
(実際にコロナの影響で世間の価値観がガラッと変わり、インドア派で飲み会が嫌いだった僕が生きやすい世界が訪れたことが村田さんの小説みたいだなと思って面白かった)
社会の価値観に苦しんでいる人には特におすすめしたい。



ちなみにおすすめの本としてはコンビニ人間が一番読みやすい気がするが、僕のお気に入りは「しろいろの街の、その骨の体温の」です。

途中までは読んでて辛すぎて死にそうになりますがが、その分、最後のカタルシスが最高です。

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