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壊乱(仮) 第十一話

「浅慮の言い訳を得て満足するとは。どこまでも卑しい奴だ」
 フューリィは、ドルトンをキツい視線で睨みつけた。
「あまり厳しく言わんでくれ。短絡的で低俗な人間でも、戦力にはなる」
 ネウロはとてもフォローとは思えない言葉で、フューリィを咎めた。
「我々は物見遊山ついでに戦力を補強する、義遊軍に過ぎん。各地の戦闘は、現地の戦力で何とかしてもらうのが、原則だ。何より貴様らは今、民間人だしな」
「しかしーー」
 ネウロの穏やかな物言いに、フューリィが立ち上がって食い下がろうとする。ネウロはそれを目で制し、彼を椅子から立ち上がらせない。
「力ある者が判断を先送りにした結果、本来、死なずに済んだ者まで命を落とした。本邦に限らず、世界中でな」
「それも全て、コイツの責任だと?」
 アレンは僕を顎で示し、眼光鋭くネウロを見つめる。ネウロは肩をすくめ、「どう受け止めるかは、自己判断だ」と言った。
「名門、ハイランドの家宝を持つ貴様なら、分かるよな?」
 ネウロの目がこちらに向いた。僕は特別な反応を示さず、その視線をただただ受け止めた。一連のやり取りを我関せずと眺めていたグレイシアが、「茶番は済んだかな?」と急に口を開いた。
「これ以上、茶番に割く時間はない。今後の工程を話せ」
 グレイシアは普段の威圧的な態度を崩さず、ネウロを見やった。ネウロは退屈そうな視線を彼女に向け、一息ついて地図を見る。
「まずは国内、カドリの谷を目指す。そこから先は、海を渡って友好国であるポーワタン南部、ウァシャカク。さらに南部へ移動して、インティのワイラ・ピチュといったところか」
 ネウロの指が、地図のあちらこちらを移動する。思いの外、複雑な旅程らしい。まずはココから南東に位置するカドリの谷から行くのは良いとして、先々の進路は流動的なのかもしれない。
「カドリの谷では、徒歩と馬か」
 アレンは地図を見ながら言った。ネウロは首を振り、「残念ながら人数分の馬は出せない」と答えた。
「しかし、馬車の一つも無いようでは、国内外に示しが付かないのでは?」
「貴様の言う通りだ。荷馬車を兼ねた小さな馬車が一台だけだ。御者以外に、二人も乗れば精一杯のな」
「オレたちは基本、徒歩ってことか」
 ドルトンの呟きに、ネウロは頷いた。カドリの谷は他の地点に比べれば圧倒的に近場ではあるが、それでも一昼夜はかかる。深い森や山を、馬車を引き連れながら越える必要がある。
 ドルトンは地図を睨みながら、カドリの谷の近くを指差した。
「確かこの辺りに、港がなかったか? 駐屯地も、それほど遠くない」
 彼が指差した半島の南端部には、歴史が古い漁港、港町がある。そこから少し戻れば、軍事拠点である駐屯地と、駐屯地を中核に据えた宿場もある。一旦海沿いに出て、水運でそこまで行けば、多少は楽になる。
「妙案だが、今から馬車を飛ばしても、海上へ出る頃には陽が落ちている。陸路を選んでも、明るいうちに山は抜けられまい」
「つまり、出発するなら早くても翌朝か」
 アレンの言葉に、ネウロは頷いた。
 対処が遅くなればなるほど被害が増えると聞いたばかりで、早々に動きたい気持ちもある反面、冷静に工程を鑑みれば、慌てて出発というのは現実的ではない。
「朝が早いのは構わんが、それまでの時間は?」
 仕事の関係で、意外と早起きが得意なドルトンは、素直な疑問をネウロにぶつける。ネウロは僕らを見て、「貴様らの装備を選んでもらおう」と言った。
「防具や薬は現地調達も可能だろうが、民間人の武器調達はそうも行かん。貴様らが構わなければ、このまま武器庫へ移動する」
 僕とアレン、ドルトンは顔を見合わせ、「別にいつでも良いよな?」と言い合った。ネウロはグレイシアに、「ハイランド大佐、何か質問は?」と尋ねると、彼女は首を振った。
「それでは一旦、軍議は終了だ。明朝八時に、広場へ集まるように」
 ネウロの「解散」の号令と共に、三々五々になる想定だったのだろうが、静かに席を立ったのはグレイシア一人で、彼女だけ周りの様子を気にせず、そそくさと部屋を後にした。我々は、ネウロ、フューリィに従って、城内の武器庫へ向かう。
 場内を歩きながら、ドルトンは前にいるネウロに話しかけた。
「さっきの人材派遣の話だが、装備を見繕った後でも良いのかな?」
 ドルトンの言葉に、フューリィは小さく舌打ちをした。ただ、ネウロは確かに「軍議の後」と発言していた。工務店の仕事をしている彼には、人材確保は大事な話だ。ネウロは首だけで後ろを振り返り、「ああ、終わった後で構わない」と答えた。
「早々に選定が終われば、その後は帰宅してくれても構わない。報酬の交渉も、帰る前にやって行くと良い」
 ネウロは場内をすれ違う兵士と挨拶を交わしながら、どんどん城の奥へ進んで行く。先日訪れた時の待合室も通り過ぎ、備品保管庫へ向かう道とは違う方向へ進むと、武器庫が見えてきた。
 ネウロは、入り口にいた警備係に声をかけ、重厚な鋼の扉を開けさせた。奥はかなりヒンヤリとしていて、若干の湿り気も感じられる。中で管理されている武具自体はしっかり湿気対策、錆対策を施されているようだが、武具としての質はそんなに期待しない方がいいかもしれない。
 一緒についてきたフューリィも、武器庫の中へ入って弓と矢を見繕っている。彼は剣の腕も立つが、強さの半分は弓の才能と言っても良い。至近距離の白兵戦はやや不向きだが、弓矢が届く範囲であれば、中距離から遠距離で彼の右に出る者は多くない。
 アレン、ドルトンは入隊していた時にも使っていた、馴染みの武器、防具を選んでいる。最も、防具はほぼ鎖帷子か軽装の鎧、軍服や礼装を組み合わせた格好になる。身体がデカく、腕力にも優れるドルトンであれば全身鎧や、胸部プレートや籠手をしっかり付けた重装備も問題ないが、アレンがそれをやってしまうと持ち味を失ってしまう。
 アレンはできるだけ動きやすい防具を選び、武器は巨大な魔導石を嵌め込める杖を選択した。魔導石を嵌め込まなければ、ほぼただの杖。腰回りにつけるポーチ、小さな魔導石を詰め込む袋も用意すれば、彼の装備は十分らしい。
 ドルトンは重装備も出来ただろうに、鎖帷子とその上に切られそうな、仕立てのいい服を選んだ。彼にしては随分、オシャレを気取っている。その他の武器として、鎖のついた巨大な盾を選択した。盾を構えて体当たりすることも出来れば、鎖を掴んで振り回したり、投擲したりして攻撃することもできる、変幻自在の武器。
 彼なら、武器などなくても剛腕を生かしてブン殴るだけで、大抵の雑魚は蹴散らせる。パワーを活かしながらトリックプレーも可能にする、彼らしいチョイスだった。
 僕も僕で、防具はドルトンと同等のものをチョイスした。変なものを選んで先々で調達に困るぐらいなら、共通にしておいた方が楽だろう。武器は、家宝の剣もあるにはあるが、これは緊急時の護身用。刃渡りを考慮しても別の刀剣が欲しい。
 シンプルな剣で構わないのだが、好みの長さや重さを有する剣が中々見当たらない。先日の決闘で持たされた新兵用の剣や、それより多少造りがよさそうな剣しかない。これでは自分の持ち味を発揮しにくい。
 武器庫を行ったり来たりしながら、目についた剣を手に取っては鞘から抜いて、中身を確かめる。何度か繰り返してみるが、しっくり来るものに出会わない。僕が首を傾げていると、ジッと見ていたネウロは「何が気に入らない?」と聴いてきた。
「いや、重さが」
「ほぅ。希望の目方はどのぐらいだ?」
 僕は近くにあった剣を三本ほど鞘ごと手に取り、「コレぐらいかな」とネウロに差し出した。
「刃渡りは? 片刃と両刃、形状に希望は」
「特に希望はない。強いて言えば、君が身につけているものと同等で構わない」
 ネウロは、「良かろう。明日までにはそれで準備させる」と言った。
「素振りに必要なら、それも持って行ってくれ」
「じゃあ、遠慮なく」
 僕は新兵用の予備っぽいロングソードを三本ほど、アレンは小さな魔導石を目一杯袋に詰め込んでいた。ドルトンは、持っていく装備を記録係に伝えると、全てを置いて武器庫を出た。
 僕らが全員外に出ると、警備係は鋼の扉をしっかり閉め、鍵まで架けた。

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