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5月19日(金)

 久々に、哲朗さんの部屋に二人で向き合っている。碧さんと彼の扇情的な絡みを垣間見て以来の空間は、何となく緊張感が漂っている。ちょっぴり俯き加減で目を合わそうとしない哲朗さんも、どうやら少しは気まずいらしい。
 何でもなかった時は普通に遊びに来て、いたずら心から押し掛け女房的な料理をしたこともあったけど、今はそういうおふざけも気軽にしにくい。何をどう間違ったか、これからどうしたいかもちゃんと考えないといけないけど、眼前に迫るもう一つの問題を解決しないと、腰を据えた話なんてできそうにない。
 私の説明を聞いた哲朗さんは一呼吸置いて、「つまり、明日浪川家に遊びに来い、ってことでいいのかな?」と、内容をかいつまんで質問してくれた。私は縦に首を振った。
「できれば、一輝さんが来る前から家にいて、お邪魔してますって雰囲気を僕に醸せ、と?」
「事前に何も聞いてなくて、たまたま居合わせました、って感じに演技してもらえれば、最高なんだけど」
「いやいや、今聞いちゃったから、流石に顔に出るって。沙綾さんじゃないだから、演技なんてできないよ」
 彼はそこそこ取り乱して、私のプランを否定する。こうなるなら、明日適当にメッセージを送って、サプライズで急遽呼び出した方が良かったかもしれない。でも、私も沙綾さんから指示を受けて事前に擦り合わせを行っているのだから、もう少しこちらの意向を汲んでくれてもいいんじゃない? それに、私だってーー
「私だって、急にお母さんに引き合わされて大変だったのに、ちょっとぐらい協力してくれてもいいじゃない」
 哲朗さんは私の声に驚いて、目を丸くしてこちらをジッと見ている。
「沙綾さんもフォローするって言ってくれてるんだから、乗っかってよ」
「そ、そっか、そっか......。そうだよね、ごめん」
 哲朗さんは最後にもう一度小さな声で、「ごめん」と呟いた。しゅんとした表情で今度は下を向く。ジッと俯いたまま、両手を閉じたり開いたりを繰り返している。やっぱり小さな声で、「よし、分かった」と言って顔を上げた。
「協力するよ。その代わり、居合わせるだけだから。演技が下手でも笑わないでくれよ」
 鼻息荒く言い切ると、最後の「笑わないでくれよ」が妙におかしく、私は小さく吹き出してしまった。真剣な顔と口調のミスマッチがまた、ツボに入って笑いが止まらない。
「ちょっ、みぃちゃん」
「ご、ごめんなさい」
 私は呼吸を整えながら、目元に涙を拭った。心配そうな表情をベースに、色んな感情が入り混じった顔は、まだ笑いのツボを刺激してくる。笑ってはいけないと思えば思うほど笑いがこみ上げてくる。グッと拳を握り、口からフーッと長い息を吐いて諸々整え直す。
 顔を上げ、視界に入る不満げな顔もやっぱり可愛いな。一応向こうのほうが年上だけど、どんどんいじってオモチャにしたくなる。そんなどうでもいい思いも頭から叩き出し、真剣な話を仕切り直さねば。
「沙綾さんの予定によれば......」
 明日の予定、段取りを確認していく。幸い、授業は何とかなるのはありがたい。今回ばかりは、碧さんにも感謝しなくては。先日のシーンをちょっと思い返したら、自然と胸が昂まっていく。悶々としているのを悟られないように、平静を装わねば。今はとにかく、真面目な話、真面目な話......。

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