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壊乱(仮) 第十二話

「ソルディ兵士長には話をつけてある。諸君らが望むなら、中庭でも屋内の訓練所でも、好きなだけ使ってくれ」
 ネウロはそう言いながら、我々に背中を向ける。
「後は、明朝八時の集合時間まで、好きなように過ごしてくれたまえ。食糧や路銀等の物資はこちらで見繕っておく」
 ネウロは「失礼する」と一歩踏み出した。ドルトンがそれを追いかけて声をかける寸前で、彼は何かを思い出したように立ち止まる。それを予期していなかったフューリィは、一人でネウロより先に行ってしまった。
「そうそう。報酬や人員調達の申請だったな。帰る前に、書庫の文官を訪ねてくれ。軍事作戦へ参加するための届け出も、忘れないように」
 ネウロは、「じゃあな」と片手を上げ、前にいたフューリィの方へ足を動かした。付き人めいたフューリィを伴い、城内の奥へ姿を消した。
「人を散々振り回しておいて、こんなところで急に解散か」
 ドルトンは周りの兵士に見咎められない程度に、悪態をついた。彼の気持ちはよく分かるが、装備も不十分なまま、そのパワーで暴れられると若干ヒヤッとする。
「で、この後どうする?」
 ドルトンの視線を受け、そのままアレンを見やった。彼は武器庫から持ち出した杖に半ばしがみつくようにして立っていた。
「軽く練習していくなら、付き合うけど?」
 事前に素振りしておきたい剣は、早くても明朝まで待たなければならないようだが、アレンの練習に実践形式が必要なのであれば、軽い剣を振っていくのも悪くはない。兵士長に声を掛けて、重量だけ近い木剣を用意してもらってもいい。
 しかし、僕の思惑をよそにアレンは「いや、いい」と言った。
「道中の雑魚狩りで、感覚は思い出せる」
 ドルトンは、「そういうもんか?」と疑問をぶつけた。
「オレたちに必要なのは、相手を仕留める訓練、命を奪う練習であって、寸止めが上手くなっても仕方ないからな」
「変な癖をつけて慢心しても、か」
 アレンはドルトンの言葉に頷き、「お前にしちゃ、分かってるじゃないか」と言った。ドルトンは、アレンの口の悪さを一切気にすることなく、「書庫ってどっちだっけ?」と周りを見回しながら言った。
「どっちも何も、お前は行ったことないだろ」
「おお、そうだった、そうだった」
 ドルトンは、「案内よろしく」とアレンの背中を押した。アレンは「やめろ、押すな」と彼を振り解き、先頭に立って城内を歩き始めた。僕は二人の後ろをついて行く。
 肉体派のドルトンも書庫に行った経験がないようだが、僕も僕で書庫に赴いた記憶がほとんどない。ここは読書家、というか技能的にも本の虫にならざるを得ずに常連だったアレンに、全てを任せて先導してもらおう。
「実家が本屋で、軍にいた頃は書庫通いって大したもんだな」
 僕が後ろから話しかけると、アレンとの間にいたドルトンが妙にニヤニヤしながら振り返った。
「少佐まで登り詰めた人が、噂話をご存知ないとは」
「噂話?」
 前を歩いているアレンが、僕らの方をチラリと睨んだ。ドルトンは話を中断せず、声を潜める。
「小隊屈指の英才が、恋に目覚めて書庫に通い詰めたって話だ」
「小隊屈指の英才?」
 僕が聞き返すと、ドルトンは顎で前の方を指した。色恋沙汰というか、人間的な感情、心にすら興味がなさそうな学者肌の彼にも、そんな出来事があったとは。身近にいたはずなのに、そんなこと、露ほども知らなかった。
「じゃあ、その相手が今も?」
「居る訳ねぇだろ。随分前に、辞めてるよ」
 アレンは足を止め、こちらを見た。どうやら彼の前にある扉の向こうが、目的地のようだ。
「他所の町に移って、嫁に行ったよ。結婚式をやるって連絡も、去年の春先に貰ってる」
「ほぅ。それはそれは」
 ドルトンは勝ち誇った顔で、アレンの肩を軽く叩いた。その顔にアレンは苛立ちを露わにしたが、僕もその顔には何故かイラッとした。アレンは「ここから先は静かにしろよ」と主にドルトンに注意しながら、扉を静かに開けた。
 扉を開けたアレンは、自ら注意したにも関わらず、「あっ」と声を出した。アレンの視線の先にいた人物も、同じリアクションをアレンに返す。周りにいた文官や書生が、二人に対して静かにするよう、人差し指を口の前に立てて見せた。
 アレンと彼の向かいにいた文官は周りに頭を下げ、アレンは声を潜め、「スマン」と文官に改めて謝った。
「久しぶりだな、カシム」
「ご無沙汰してます」
 カシムと呼ばれた男性文官も、小声で話した。
「招待状の返事が来ないって、心配してましたよ」
「まぁ、よろしく言っといてくれよ」
 僕やドルトンには強気なアレンが、カシムには随分と弱気に接している気がする。二人の関係性も気になるが、アレンは早々とカシムに要件を伝えた。アレンの話を聞いたカシムは、「え〜っと、どうしようかな」と後頭部に手を当てた。
「とりあえず、傭兵、期限付きの入隊ってことで処理してみるので、皆さんこちらの書類に自著で記入してもらっていいですか? ゆっくりで結構なんで」
 カウンターの向こうにいたカシムは、僕らと彼の間にある机に同一の書類を三セット、僕らの前に置いた。ペンは人数分用意できないらしく、僕らは順番に必要事項を埋めて行った。
 僕らがどこまで記入するか悩んでいる間、カシムはカウンターの向こうで僕らの要望をどう処理すべきか、同僚の文官と話し合っていた。士官学校と志願兵でそれなりに充実していることもあり、個別に傭兵と契約する機会も少なく、報酬の決め方で悩んでいるようだった。
「そんなの悩まなくても。家を空ける間、少しでも補填ができたら十分なんで」
 僕が思わず声をかけると、カシムは「いえいえ、そうは行きません」と言った。
「命懸けの任務、万が一の遺族年金もない皆さんに、薄給と言うのは……。もうしばらくお待ちいただいてもいいですか?」
 カシムは同僚に掛け合って、向こうで何やら書類を探し回っている。色んな棚を引っ掻き回して、参考にする書類を探し当てたらしい。
 僕らの横で、工務店への人材派遣申請を行っていたドルトンは、「まだやってんのか」とこちらを見た。僕が、「そっちは?」と尋ねると彼は「終わったよ」と返した。
「で、あいつとはどういう関係だ?」
 ドルトンはアレンを問い詰める。アレンは、カウンターの奥で同僚と書類を見ながら何かを計算しているらしいカシムを見ながら、「別に。職員と利用者の関係だ」と言った。ドルトンはアレンを不審な目で見て、「本当か?」と尋ねる。問われたアレンは、それに無視を貫いた。
「さっきの結婚式の連絡って、何が届いたんだ? もしかして、招待状?」
 僕はさっきの話を思い出しながら、ボソッと呟いた。ドルトンは、「おお、なるほど」と漏らしたが、「どういうことだ?」と僕の顔を覗き込んだ。アレンはゆっくりこちらを見て、僕を睨みつけた。僕はこれ以上、何も言うまいと口を引き結んだ。
 ドルトンにしばらく纏わりつかれていると、カシムが書類の束と一枚の紙を持って戻ってきた。束の方は、正規軍に所属していた場合の基本給と諸手当といった、各種規約が細かく記載されているらしい。一枚の紙の方は、それと僕らが所属していた頃の階級を元にした金額が書き込まれている。
「任務がいつ満了になるかが不明なのと、先ほど話した遺族年金、諸手当が基本的に支給されないので……」
 カシムは細かく説明しながら、元の数字に細かく倍率を掛け合わせていく。
「一月あたり、こんなところでどうです?」
 カシムが差し出した紙には、最終的な計算結果の下に二重線が引かれ、おまけに大きな丸で囲われる。給与を受け取っていた頃は、明細をきちんと見ていなかったため、五割増の金額だと言われても、イマイチピンと来なかった。
「とりあえず、三ヶ月分を支給するとコレぐらいに」
 カシムは単月の金額に三を掛け、総額を提示してくれた。その金額は、便利屋で一年間稼げるかどうかと言った金額に達していた。工務店はともかく、書店員にとっても、その金額はそれなりに大きいようだ。
「三ヶ月以上かかるようなら、出先で皇太子に掛け合ってください。一月ごとにこの金額をご実家に送りますんで」
 カシムは丸をつけた数字を指しながら、事務的に述べた。「コレで、どうです?」と彼に念を押されると、僕らは満場一致で首を縦に振った。
「それでは、コレで申請しますね」
 カシムは僕らが中途半端に書き込んだ書類を回収し、文官が記入する枠を埋め始めた。末尾の大きな空欄を指して、書類の向きを僕らに合わせて回転させる。
「ここに、サインだけお願いします」
 僕らは、カシムに言われるまま、順番に署名を書き込んだ。サインまで書き込んだ書類を彼は上から何度か確認すると、「コレでOKです」と言った。

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