12月2日(土)
目の前の棚に並んでいる色んなお酒を、腕を組んで眺めていた。すぐそこに、缶ビールや缶チューハイが冷やされているコーナーもあるんだけど、今日はこっちの棚から何か選んで帰りたい。
ただ、気持ちとは裏腹にどれを選べばいいのか、全く分からない。お酒の違いも分からないし、銘柄ごとの違いもよく分からない。家で両親や兄がどんなお酒を飲んでいるのかもあんまり覚えていないし、こうやってズラッと並んだ瓶やラベルの中から、「コレだ」と指名するだけの記憶もない。
外で飲む分には、ある程度選択肢が限られているから何となくでも選べるけど、ここで変なものを選ぶと大変なことになるし、あんまり大きいのとか高いのはやめて、小さめの手頃なやつにしよう、ってところまで考えてまた振り出しに戻る。
やっぱり清酒や焼酎、ウイスキーよりは梅酒みたいなものの方が良いんだろうか、と適当に一つ瓶を取り出してラベルの説明書きを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「浪川さん?」
声の方へ顔を向けると、「ああ、そのマスクはやっぱり浪川さんだ」と武藤さんがニコッと笑った。
「こんなところで珍しい。ご家族のお使いか何かですか?」
「ああ、いえ。自分用に、ちょっと」
武藤さんは頷きながら、「ああ、そうですか」と言った。彼はそれ以上私のことを気にすることなく、ささっと自分が欲しいものを見極めてカートに乗せたカゴの中に、二、三本の瓶を放り込んだ。
私がじっと見ていたことに気がついたらしく、彼はこちらを向いて、「どうされました?」と言った。
「ああ、いや、えっと、何を選んだら良いか、分からなくって」
「ああ、なるほど」
彼はカートを押して、私の側まで戻ってきた。
「探しているのは、梅酒でいいんですか?」
彼の質問に、私は曖昧に「えー、まぁ」と答えた。私の答え方も見ていたらしく、彼はサッと瓶を二つ選んで手に取った。
「スッキリが良いならこういうのとか、こっちのタイプですかね」
右手に持った瓶と、棚に並んでいる同じメーカーの紙パックを指しながら言った。お酒に疎い私でも、聞き覚えのあるメーカーだ。左手の瓶には太めの文字で「梅酒」と書いたラベルが貼ってあった。
「甘いのが良いなら、こういうのとか、ああいうのとか」
「はちみつ」やら、「黒糖」やら、黒っぽい瓶も指差しながらお勧めしてくれる。私は少し悩んで、左手の瓶を選んだ。武藤さんは右手の瓶を棚に戻して、同じメーカーの紙パックを棚から出した。
「有名なものと飲み比べれば、段々分かるようになりますよ」
そう言いながら、瓶と紙パックを自分の買い物カゴに入れた。私が困惑していると、彼は「他に、欲しいものありましたか?」と訊いてきた。私が首を振ると、彼はカートを押してレジの方へ向かう。
「え、ちょっと」
「まぁ、まぁ、良いから良いから」
彼は私の声に耳を貸さず、自分の買い物と合わせて、私が買う予定だったお酒も買ってしまった。わざわざ袋を別に購入し、私に荷物を分けて渡してくれる。私が財布を出そうとすると、彼は頑なに断った。
「たかが数千円ぐらい、気にしないでください。若い娘に身銭を切るのもジジイの楽しみですから」
武藤さんはお酒の棚で出会った時と同じぐらいの、満面の笑みを浮かべた。そのビッグスマイルに、さっきまでの悩みが少し軽くなった気がした。
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