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『壊れつちまつた卵焼き器に』

 それは、今日の昼過ぎの出来事だった。
 一週間の折り返しを過ぎ、週初めに仕込んでおいた昼夜兼用の作り置きが底を尽きる頃。昼食のおかずに卵二つ分の卵焼きを焼いて食卓へ運ぶ寸前、先に片付けてしまおうと卵焼き器を洗い始めた瞬間、卵焼き器の本体と取っ手とを繋ぐ境目がひしゃげ、取っ手と本体に分かれてしまった。
 以前から、卵焼き器を持って左右に軽く振ると、カラカラと何かが外れている音がしていた。卵焼き器を取り出すと、それまで置いてあった場所に正体不明の粉が落ちているのも目にしていた。いつ壊れてもおかしくないと思っていたが、まさかこんなタイミングで。
 不意に、壁に貼ってある「ゴミの出し方」に目をやった。マーブルコートでIHもガスも両対応の卵焼き器は、燃えないゴミかもしれないと思ってよく見ると、うちの地元では一般的な普通ゴミ、燃えるゴミと共に捨てても問題ないようだ。どう見繕っても、一番長い辺が三十センチを超えるようには見えない。
 明日は今月最初の資源ゴミの日。万が一、そっちに分別して捨てろと言われても間に合うタイミングで良かった。卵焼き器より前から捨てたいと思っている、脱衣所に置いてあるプラスチックの洗濯カゴは、その大きさのせいで中々捨て切れずにいる。きっとしばらくそのままだろう。
 昼食の準備を済ませた後、二つに分離した卵焼き器はそのままガスコンロの近くへ置いておくことにした。どうするかは、昼食を済ませ、最近買った大手ドリンクメーカーと同じブランドの抹茶入りの粉末緑茶を飲んでからで良いーー。

 点ててもらった薄茶のように、お茶の痕跡がグラスの淵に緑の層を作っていく。値段の割に良い買い物をしたと思いつつ、結局どうすべきか答えが出ないまま、夕方どころか夜を迎えている。明日の資源ゴミに備え、ビン・缶・ペットボトルを種類ごとに分別し、卵焼き器だったものは普通ゴミとして捨てるように段取りしなくては。
 今の住居へ越してくる前からの付き合いだが、便利だと思いこそすれ、感傷的になるような思い出も思い入れも特にない。それでも梅雨明け前に暑さが本格化し始めてきたこのタイミング、何となくセンチメンタルになる八月に入る前に壊れたのは、何か意味を感じる気もする。
 あと何日かすれば、二つに分かれた卵焼き器のように、あるいはサイズのせいでいつまでも捨てにくい洗濯カゴのように、誰かの何でもないものが廃棄され、誰かの何でもないものがそのまま取り置かれるのだろう。そんな日でも、私は同じような毎日を繰り返す。壊れた卵焼き器は、文字通りお釈迦になって自由の身。付喪神なんて信じちゃいないが、最後くらいは「手と手の皺と皺を合わせて、幸せ」みたいなしょうもない発想で、感謝と共に送り出そうか。

 壊れつちまつた卵焼き器に。
 なすところもなく夜は更ける。

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