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壊乱(仮) 第六話

「得物の重さと長さ。扱い切れていないことを瞬く間に看破して、僅かな隙を突くとは。見事だな」
 ネウロはゆったり歩きながら、僕に向けて拍手を送った。彼は僕が握っていた折れた剣を預かると、側に控えていたフューリィにそれを渡した。
「すまんな。ソルディ兵士長。変わりはすぐに手配させる」
 ネウロについてこちらに近づいていたソルディ兵士長は、「いえ、別に。お気になさらんでください」とフューリィから剣と鞘を受け取る。彼は即座に周囲でざわつき始めた新兵の元へ下がった。口々に今の試合の感想を述べ合っている彼らに、次の指示を出し始めた。
「それに引き換え、氷の女王と評される大佐殿は、冷静さも謙虚さも欠いてしまわれた。優れた才能と高慢なプライドが、愚弟とやらの評価を誤ってしまいましたな」
 グレイシアは、ネウロの号令がかかった瞬間から、ずっと下を向いている。
「もしここが戦場なら」
 グレイシアは肩と声を震わせながら、ネウロを睨み付けるように顔を上げる。
「戦場なら? この決闘に、そんな仮定が何の意味を持つと?」
 グレイシアは腰の剣に手を添えると、瞬く間にネウロの眉間にそれを突き出した。細くしなるその鋒は、空気とネウロの前髪を数本切り裂いた。ネウロの横にいたフューリィの抜刀は結局間に合わず、彼は剣を抜く体勢でネウロに制されていた。
 ネウロはグレイシアのすくみ上るような冷たい睨みも意に介さず、左手の籠手で剣を払い除ける。
「我が軍の威信を損なうのも、そこまでにしていただこう。これ以上、戯言を吐かすようなら、分かっているな?」
 グレイシアの全身から放たれる威圧感に怯むことなく、ネウロは涼やかな顔で彼女と対峙する。戦場であれば、僕もネウロも、彼女の細剣に問答無用で切り捨てられていただろう。だが、ここは戦場ではなく、決闘も場外乱闘も彼女が望む結末には至らない。
 グレイシアは相変わらず不機嫌そうに、構えを解き、剣を下げた。その刀身は、静かに鞘へ納められた。
「さて、これで家宝の行方も、姉上殿の同行も勝ち得たわけだが、肝心の貴様の回答はまだだったな。腕が鈍っていて不可能だという答えなら、即座に却下だが……」
 ネウロは僕の目を見て笑顔を浮かべた。久々の決闘にも関わらず、軍部でも指折りの実力者に目の前で勝利されたとあっては、その回答は確かに難しい。もしかしたら、ネウロやフューリィの想定以上の力を示してしまった可能性もある。
 魔導石で下駄を履いても満足に魔法を使えない身にも関わらず、勘と経験だけでここまでできるとは自分でも、思いも寄らなかった。まだまだ十分に身体は動く。道中も含め、訓練や実戦を積み重ねれば、もっとマトモな戦いもできるだろう。
 だが、やはりまだ剣を振る覚悟、何かを殺めるために武器を取る気持ちは作れていない。僕はその場を立ち去ろうとしていたグレイシアを見つけ、その背中に声をかけた。
「勝者の権利として、母の墓参りを許可願えないだろうか」
 彼女は僕に、大事な家宝、剣を差し出すように迫ったのだから、僕が買ったなら代わりの何かを要求する権利はあるはずだ。グレイシアは背中を向けたまま、「好きにしろ」と呟いた。
 僕はそれを聞いて、ネウロに向き直る。
「受けるかどうか、返事は少し待ってもらえないだろうか」
「貴様、この後に及んで」
 先ほど、剣を抜き損なったフューリィがここぞとばかりに僕へにじり寄るが、ネウロはそれを手で制する。
「彼らも巻き込むのなら、相談もしたいし、家業との兼ね合いもある」
 近くまで来ていたアレン、ドルトンの方を示しながら、ネウロに訴える。ネウロは小さく頷いた。
「一ヶ月や一年、回答を先送りするつもりはないだろうな?」
 ネウロの問いに、今度は僕が頷いた。
「二、三日もらえれば十分だ」
 僕は後ろの二人を見て、「ーーよな?」と付け加えた。アレン、ドルトンも頷いてくれた。
「良かろう。カーペンターは国家事業の件もある。十分相談して、心と答えを決めてくれ」
 ネウロはフューリィに声を掛け、彼に小さなプレートを取り出させた。今、身に着けている青い物と同じ形の、色違い。こちらは鈍く光る金色になっていた。
「後日、それを着けて登城せよ。よほどのことがない限り、我々は王宮に待機している」
 ネウロに指示されるまま、フューリィはプレートを僕に手渡した。人数分はないらしい。僕だけで登城してもいいが、今日聞かなかった情報もまだありそうだ。後日、都合を合わせて三人で登城すべきだろう。僕はプレートをきちんとポケットにしまった。
「もはや民間人である貴様に頼るべきではないんだが、父上の存命中に、何とか片をつけたい。国のため、民のために良い返事を期待している」
 ネウロは僕に右手を差し出した。僕はそれに応え、硬い握手を交わした。ネウロの人間らしい想いに触れ、こいつも人の子なのだと、今までの認識を少し改めた。
「相談に必要な資料があるなら、いつでも詰所に来い。話は通しておく」
 ネウロはパッと握手の手を引っ込め、フューリィを伴って中庭を出て行った。グレイシアもいつの間にか姿を消している。中庭には、フューリィを補佐していた兵士が一人、他には僕ら三人が残されていた。
 少し遠くへ目をやれば、ソルディ兵士長が興奮冷めやらぬ新兵に号令を掛け、何とか訓練の体裁を整えつつある。先の決闘が何らかの参考になれば幸いだが、新兵があんな戦い方を真似れば、すぐに落命するだろう。ソルディ兵士長には、くれぐれも真似しないように、口酸っぱく指導してもらいたい。
 僕らは、フューリィが残していった兵士に先導され、王宮の出口へ向かった。

 登城する時に降っていた霧雨は、城内で手続きを進める間にすっかり止んでいた。上空には、薄い雲が広がっている。窓口で青いプレートを返し、僕は木馬を二輪車置き場から移動させた。
「で、この後は?」
 アレンが僕とドルトンを見上げた。ドルトンは、顔の前で両手を合わせ、「すまん」と言った。
「仕事がまだ少し残っててな。すぐ行くから、先に店を決めておいてくれ」
 ドルトンは言い終わる前に、直前までいた仕事現場へ駆け出していた。走り去っていく背中を見ながら、アレンは「なんだよ、それ」と漏らした。
「忙しいなら、仕方ないさ」
「単純に、段取りが悪いんだよ」
 アレンは悪態をつきながら、城門前の大通りを真っ直ぐ歩き始めた。僕は木馬を押しながら、その後に続く。アレンは王宮から離れた新興市場を目指しているらしい。彼は真っ直ぐ前を向いたまま、「で、そいつの調子は?」と僕に言った。僕は、「悪くないよ」と答えた。
「墓参りするには、力不足だろ?」
 彼はさっきの話をしっかり聞いていたらしく、自分が作った木馬のトルクで母の遺体が眠る墓地へ辿り着けるか、気にかけてくれた。
「それは流石にちょっと厳しいかな。まあ、その時は歩いていくさ」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
 グレイシアの気が変わらないうちに墓参りを済ませるなら、こちらも二、三日のうちに行かねばなるまい。それまでに、アレンに木馬の改修、改造を頼むのも、心苦しい。彼も流石に無理だと判断したのか、「助かる」というのが彼の本音だろう。
「そうだ、花束の件もお願いしておかないと」
 僕はアレンとやり取りしながら、墓参りの段取りに思いを巡らせた。あの場で急に発言したため、何を準備するか、全く考えが及んでいない。
「今日、帰ったら頼んでおくよ。その件は任せとけ」
 アレンは堂々と胸を張った。実際に花を見繕い、花束として用意してくれるのは彼の妹なんだけど、なぜか彼が誇らしげに僕の言葉を受け止める。
 もし、竜殺しを受けるとなれば、エマちゃんに譲ってもらった改造木馬も、しばらく使わないことになる。そこの言い訳、謝罪の弁もしっかり考えておかねば。
 色んなことを脳裏に思い描きながら、アレンの先導で新興市場に辿り着いた。王宮の近くにあった商店街が、今はほぼそっくりそのままこちらに移転して来ている。かつては怪しい闇市だった地域が、竜による襲撃を受け、かえって光を浴びることになるとは、当時の自分には予想もつかない。
 壊滅した旧商店街で何とか生き残った人たちが、国の支援も受けながら逞しく商売に精を出している。この活気を全身に浴びながら、自分達が今後どうするか、真剣に話し合わなくては。

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