見出し画像

ホル子のブラジャー紹介(2)天使の刺繍と綿のレース

 天使の刺繍――にちゃんと見えるのんがふしぎだな、なんかゴニョゴニョした形であるのに――が施された淡いブルーのカップに、生成のレース。ストラップも同色のレースであるのが可愛い。ロマンチックで乙女チックな綿のブラジャーは、昔に近所のおばちゃん洋品店で買うた。

 おばちゃん洋品店が好きである。
 おばちゃん洋品店とは、地元の商店街とか市場やスーパーとかの中に存在する昔ながらの洋品店のこと。中高年女性を主な客層とする品揃えのため便宜的にそう呼んできた。もちろん個人商店でなければならない。商品は総じて安価(だがときどきイタリアっぽい?セーターとかが高値で売られていたりもする)。「おしゃれの店〇〇」とか「ビューティーミセス」とかそういう名前がついていることが多い。

 おばちゃん洋品店は若者にとっては基本ダサいもの、いやダサい以前に関心のないものであろう。おばちゃん洋品店のほうでもオシャレな若者なんぞターゲットにしていない。だが私は20代の頃におばちゃん洋品店に目醒めた。早熟おばちゃん洋品店ユーザーである。
 あるとき長年素通りしてきた地元のおばちゃん洋品店にふと入ってみた。「ふと」と書いたけど一応きっかけがあって、当時、雑誌で、ギャルが巣鴨の洋品店に入って掘り出し物を探す的な企画を見たのやった。ちなみにたしか『akagumi』という雑誌。2000年に出て3号で廃刊になったキワモノ的な雑誌でいま調べたら『egg』の増刊って扱いだったらしい。誰か覚えてませんか? 話が逸れたけど、それをきっかけにわたくしも、おばちゃん洋品店というこれまで視界から追い出していた世界の存在に気づいたのだった。それに自分は若者の集まる場所が怖い若者であったので、そや、こういう店やったら入れそうや!と思った。そうして覗いたおばちゃん洋品店の世界は、たしかにまるで遊園地のようだった。お洒落着、寝間着、ジャージ、割烹着、実用雑貨になんかよう分からん飾りや置物、なんでもあるっ。ゴムスカートにゴムパンツ、店中ゴム度高いのもポイント高い(私はラクな服が好き)。明らかに若者向けでないモケモケとしたデザインが基本であるその中に、たしかにギャルっぽいアイテムも埋もれているし、なんならモケモケしたやつもコーディネートによっては可愛く使えそうや! というかモケモケアイテムとギャルアイテムの境目は実はよく分からない。アニマル柄はギャル? それとも大阪のおばちゃん? このラメラメは? ……嗚呼、おばちゃん洋品店が世代とジャンルの境界を溶かしてゆく。 
 私の入ったおばちゃん洋品店の下着コーナーは「ミセス下着」と銘打たれていた。なんの疑いもない「ミセス」である。未婚であろうが非婚であろうがここに入れば強制ミセスや。へそまで覆うズロース(と呼びたくなる)があり、「遠赤外線」「備長炭」の文字が躍るあたたかインナーたちがあり(おばちゃん洋品店は保温の味方)、さすが、和装用下着があり、売り場は全体的にベージュぽいが中にどぎつい色の面積少ない下着もあれば、ふりふりのメルヘン下着もある。上記天使のブラ(というトリンプの商品があるが無関係)も此処で出逢った。パンツとセットで当時1000円ほどやった。可愛いやろ、おしゃれの店ビューティーにしむら(仮)で買うたんやで、と当時母に自慢したんを覚えています。

 そののちもおしゃれの店ビューティーにしむら(仮)には何度か通っていたし、他にもお気に入りのおばちゃん洋品店がいくつかできて巡回していた。実家を離れて以来なかなか行かなくなったけれど、こないだ現在の住居の近くで、初めてのおばちゃん洋品店に入ってみた。
 いつもチャリで店の前を通りすぎては、ああこの街にもこんな店が現役なのだな~と思うだけであったが、初冬のその日、店頭に吊るされていた「ぬくぬくズボン1000円」の群れに目を惹かれチャリを止めたのやった(おばちゃん洋品店は保温の味方)。
「それあったかそうやろ? ええ~、おねえちゃんが穿くんか?」
 裏起毛ぬくぬくズボンを見ているとお店の人に声かけられた。わたくしももう40代、立派におばちゃんかと思いきや、おばちゃん洋品店界ではまだまだ若輩なのであった。たしかに70代前半のわが母もおばちゃん洋品店では買い物しない(ユニクロやしまむらに行く)のだから、おばちゃん洋品店コアユーザーはさらに上の世代なのかも。
「ちょっとおっきいんちゃう? おねえちゃん細いからあ」
 お店の人はいきなり腰を触ってきた。こんなコミュニケーション久しぶり。
「いやあ、細いことあらしませんけど」
 なぜか普段あまり喋らん域の関西弁になった私の腰をつかんだまま、店の人は店内に誘導し、
「なんしいっぺん穿いてみたらええわ、試着室あるさかい」
 へ~ちゃんと試着室あるんや、と思いきや、試着室はそのおうちの「階段の下のスペース」やった。店の奥半分がプライベートスペースになっているのだがプライベートスペースと店舗の境界が曖昧で商売道具と家具とがゴッチャに置かれている。我が実家もかつてこんな店だった。洋品店ではなかったけれど個人商店。よい思い出ばかりではないが懐かしい。「試着室」には灯りがなかったので(あったかもしれないが発見できなんだ)カーテンを細く開けその隙間からの一条の光のもと、難儀しながらぬくぬくズボンの試着を果たした。おっきいんちゃうと言われええ気になっていたが、いつしか私もおっきく育っていたらしく、ぴったりだった。
 こらええわ、また来よ、と思ったが、都市計画により立退を要請されたのを機会に何十年続いたお店をこの冬で仕舞う、とのことであった。こうしたお店は一度失くしてはもう二度と同じものができることはない。惜しいことだ、とは思うけど、初めて立ち寄った自分が言えた立場やない。それともうちらが立派なおばちゃんになれる頃、新世代のおばちゃん洋品店が育っているであろうか?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?