見出し画像

スバルBRZ S(6MT)

しっくりこない2,400という排気量

クルマの排気量にはマジックナンバーの一種とでもいうのだろうか、その数字の並びを見ているだけでグッとくるパターンがある気がするのだ。

スターレットの1,300、テンロクの呼称が眩しい1,600、アルファロメオの1,750、数え切れないほどの名車が揃う2,000……。魂がグラグラと熱くなる気がするじゃないか。

それに比べてニセンヨンヒャクの貧弱な響きはどうだろう。ナロー時代のポルシェ911以外で思い当たる傑作に行き当たらない。
アルファードとかオデッセイとか、むしろそっち方面の車種が思い浮かぶ。
しかも日本では2リッターを超えると税制面でも不利だし(年間およそ7,000円のプラス。ハイオク満タン1回分だ)、モータースポーツのカテゴリ分けでもけっこう中途半端なポジションになるんじゃないか。
CAFE(企業平均燃費規制)がますます厳しくなる現在、良い燃費を稼ぎ出すことが正義なのだから数字に宿る魂の温度など関係ないのかもしれない。
まあそこはいったん受け入れることにしよう。

筋肉質の最適化

それにしてもさりげなくディーラーに置いてあった新しいBRZは、一瞬見ただけではまるでサイゼリアのまちがい探しのように、従来型と見分けがつかないほど違和感がない。
全体的なフォルムやサイズ感に変化がなく、むしろムダが削ぎ落とされ鍛え抜かれた筋肉質な印象だ。
変なキャラクターラインやニセモノっぽいパーツが付いていなくて本当によかった。
意地悪なヒトはポルシェ718ケイマンに似てるな、などど言うかもしれないけれど、運動性能を追求していくと必然的にこういうカタチになるということだろう。

低さを体験できる悦び

シートに腰を下ろすと「座ったまま地面でタバコの火が消せる」低さは健在だ。うれしい。
アーチをアクセントにしていたダッシュ周りは一転して水平にこだわった作り。写真で見た限りだとちょっと子供っぽいかな? と思っていたけれど実物はさにあらず。
値段相応かつキャラクターに応じた質感に仕上がっていた。
メーター周りの水平対向エンジンを模したデザインも主張しすぎず、控えめにアクセントとして演出に徹しているのもいい。適度な狭さも心地よい。

400ccのご利益

スタートボタンを押し、ブルブルと左右に揺すられるスバルならではの車体の揺れ方を感じながら恐る恐るクラッチを繋ぐ。
先代ではアイドリング付近での発進がやや渋く、低回転でのトルクの細さ(エンジン音の情けなさも)を感じ取ったものだけれど今回は改善されている。
発進のたびにエンストしやしないかとヒヤヒヤする場面は格段に減ると思う。
これが400cc増量したご利益というものか。
発進時のナーバスさが解消されたこと以外でも、ストロークがきっちり短いシフトをカチカチと動かして回転を上げていくシーンでも、このご利益が確実に反映されていた。
少しWRXを彷彿させるような調律されたエンジン音と相まって、タコメーターが6000回転を超えてもまだ伸び続けようとする勢いがあるし、そこまで回さなくても十分にチカラを感じる。
サーキットやちょっとした山道でも、コンマ数秒のゆとりができるんじゃないだろうか。

ゆとりが生み出すもの

このゆとりはMT派の”スタンダードな”ユーザーだけでなく、ATしか乗れないユーザーにも恩恵を与えることにもなると思う。
先代のBRZ/86にそこはかとなく漂っていた、ATを選択することのある種の「後ろめたさ」が今回のご利益を受けたことで格段に薄まった気がするのだ。
ATのほうを選んで敢えて大人っぽく乗ってますけどなにか? と言える説得力が加わったことは、FRスポーツカーの間口を広げることになるだろう。

壁を守れ

間口の広がりが良い方に作用してくれればいいのだが……やはり心配なのは2,400という排気量の壁が2,000に比べて想像以上に脆いことだ。
販売台数の確保とユーザーのモアパワーの要望には抗いきれず、2,500→2,700→3,200→3,500…と立て続けに数字が増え、価格もサイズもアップしてしまった末にファンを失った例は自動車史上枚挙にいとまがない。

幸福なことに水平対向エンジンは構造上、左右方向に限界があるから車体の幅を大々的に増やさない限り大幅な排気量アップはないと思われる。
ここから先のパワーアップの余地は世界中にあるガレージに任せて、メーカーは1ccたりとも増やさずコンパクトなFRクーペの良さを守り続けてほしい。ホントに十分なんだもの。
サクッと100cc増やします、なんていうこともできれば勘弁してほしいところである。

これが演出だとしたら

それはそうとほぼ下ろしたての今回の試乗車、どこかを動かすたびに歯車や金属の手応えがダイレクトに伝わってきて、各部がギクシャクと明らかに硬かった。
これだけ「慣らし」の必要性を感じるクルマは昨今では珍しい。「慣らし」を十分に行い自分色に染める、なんて作業は面倒くさくもオーナー冥利に尽きるスポーツカー体験の第一歩だろう。
「機械」の気配を感じさせるこの雰囲気と演出、意図的だとしたら開発者はかなりクルマの楽しさに精通している方に違いない。
最高のプレゼント、喜んで受け取るのがイキってもんじゃないだろうか。