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国際共同提言:安定した生物学的命名システムの保護が普遍的なコミュニケーションを可能にする

この記事は生物学的命名システムの保護を目的とした研究者有志による論考で、以下のリンク先に査読前のプレプリント原稿がアップロードされている。
Protecting stable biological nomenclatural systems enables universal communication

Authors: Pedro Jiménez-Mejías, Saúl Manzano, Vinita Gowda, Frank-Thorsten Krell, Mei-Ying Lin, Santiago Martín-Bravo, Laura Martín-Torrijos, Gonzalo Nieto Feliner, Sergei L. Mosyakin, Robert F.C. Naczi, Carmen Acedo, Inés Álvarez, Jorge V. Crisci, Modesto Luceño Garcés, John Manning, Juan Carlos Moreno Saiz, A. Muthama Muasya, Ricarda Riina, Andrea Sánchez Meseguer, Daniel Sánchez-Mata, and 1440 signatories from 108 countries.

この論考について、著者らから自動翻訳による日本語原稿がアップロードされていた(PDF直リンク)。

安定した生物学的命名体系を守ることで, 普遍的なコミュニケーションが可能になる

https://www.researchgate.net/profile/Pedro-Jimenez-Mejias/publication/377085065_andingshitashengwuxuedemingmingtixiwobaohusurukotodepubiandenakomyunikeshongakenengninarimasu/links/65950db90bb2c7472b2c7acb/andingshitashengwuxuedemingmingtixiwobaohusurukotodepubiandenakomyunikeshongakenengninarimasu.pdf

分類学をはじめとする基礎生物学分野だけでなく、応用科学にも多大な悪影響を及ぼしかねない可能性について論じたたいへん重要な内容なのだが、自動翻訳による文章のスキップや、 意味がとらえにくい部分があった。そこで、なるべく原文に沿った翻訳を心がけて訳し直した。

この内容に賛同できる研究者の方には、以下のリンク先から賛同の意思表示をお願いしているとのことだ。
https://docs.google.com/forms/d/1BTTMfqAC_Fy1prystIF2kTLYmCPO8fGGpEOKtek_JyI/viewform?edit_requested=true
以下は2024/1/31に公開されたプレプリント原稿の翻訳である。*で示した脚注は、訳者があまり詳しくない植物分野で交わされていた論戦に関する説明で、原文にはないものである。


国際共同提言:安定した生物学的命名システムの保護が普遍的なコミュニケーションを可能にする

免責事項および利益相反に関する宣言

このテキストは完全に科学的な動機に基づいており、政治的な目的を一切含まない。また、「不適切」とされる時期に名付けられた学名を提唱した人々の意見を支持する意図はなく、またそれらの名称が捧げられた理由を正当化もしくは反駁することも目的ではない。この文章に挙げられた例は、問題点の説明のためのものである。1440名の署名者の所属国名は最新の国連宣言に従って記載されているもので、攻撃的・差別的な意図を持たない。領土的主張の正当性は本稿の範囲外である。
本稿の初校は2名の筆頭著者が主導して書き上げたもので、列挙されている18名の共著者らのコメントを得て作成されたものである。この原稿は2023年11月10日から賛同者を集うために配布され、数百名の署名とフィードバックを得た。命名法の将来的な発展に関する結論の段落については、グローバルサウス諸国(国連の産業開発ランクシステムによる)の機関/出身地を持つすべての賛同者(2024年1月6日まで)に直接フィードバックを求めた。そのうち20名からは具体的な提案を、その他のほとんどの賛同者からは再び賛同の意を受けた。寄せられた提案はすべてについて20名の著者たちの間で検討・議論され、可能な限り本文に盛り込まれている。本稿の最終版は公開前に署名者全員に配布され、承認を得ている。そのため、本稿に賛同の署名をした者は、全員共著者とみなされる権利を持つ。

主文

分類学は、地球上の生物多様性を分類し、記載することを目的とする科学である。そのため、分類学は他のあらゆる自然科学の基盤を提供するものであり、生物多様性を知ることはほかのあらゆる生物学を基盤とした学問分野やサービスの発展のために必要な第一歩となっている。分類学における名称(学名)は、国際的に合意された手順(命名規約)を通じて自然科学コミュニティに伝達される。生物学の命名システムは、科学や社会が種やその他の分類群について参照する際に、共有された明瞭な名称を用いることを可能にする。
生物学における普遍性のある命名システムの根本的な価値、そしてその成功の鍵は、異なる文化間での明瞭な科学的なコミュニケーションを可能にしたことにある。この二名法/二項法(以降、命名システムとする)は、動物学(国際動物命名規約, 1999)、植物学(国際藻類・菌類・植物命名規約, Turland et al., 2018)、その他の分類群を対象とする分野(国際原核生物命名規約, たとえば ICSP, Oren et al., 2023)においてそれぞれ体系化されている。これらの命名体系は、これまで250年以上にわたって(古生物学を含む)生物学の研究活動を推し進めてきた。しかし現在、生物学的命名法の根本的な原則と基本的な慣習について、その安定性が損なわれようとしている。生物学的命名法に関する最近の議論では、植民地主義や性差別、人種差別、カースト差別、またその他の人類の過ちが地球上のコミュニティに与えた傷を癒すことを目的として、種や(高次分類階級を含む)その他の分類群について、より公平で包括的、かつ社会的に公正な科学的命名法を求める意見がある(たとえば Hammer and Thiele, 2021 *1; Smith et al., 2022 *2; Thiele et al., 2022 *3; Tracy, 2022 *4; Wright & Gillman, 2022 *5; Harris & Xavier, 2023 *6; Guedes et al., 2023 *7; Mabele et al., 2023 *8; Roksandic et al., 2023 *9など)。こうした議論から、物議をかもすような人物に献名された例や、特定の地域や言語で攻撃的あるいは不快に感じられる単語などの「不適切な」学名を削除するために、一括改訂を進める必要があるという提案にも発展している。これらの主張が非常に深い感情に由来することは明らかだが、提案された改定案による影響が否定的な効果に上回られる可能性がないか熟考されているかは不明である。このような学名の変更について、社会的あるいは地理的なバックグラウンドが多様であることを考慮すると、人名由来、地名由来、人種差別的な言葉、植民地主義を反映する学名など、長期間に渡って影響を受ける学名の数は数十万にも及ぶ可能性がある(Ceriaco et al., 2023)。
『命名法の正義』を主張する人々は、異文化間の国際的な理解の精神のもと、いくつかの正当ながら非科学的な社会的テーマを、他の配慮が優先されるべき科学の領域に持ち込んだのである。彼らの意図は善意にあることは間違いなく、その探求は称賛に値するものであるが、その提案のほとんどが事後の根拠に基づくとされる問題に対処しようとするものであり、生物学的命名法の基盤を揺るがすことに多くの修正主義者たちは気づいていないようだ。現行の命名システムが、時空を超えて安定し、操作上中立的な学名の共有システムを通じて、異文化・異言語間のコミュニケーションを可能にするものであることを、これらの提案は根本的に見落としている。もし社会正義への努力が命名システムを不安定化させ、普遍的な科学的コミュニケーションと相互理解の礎を揺るがせば、これらの利点が保持されなくなる可能性がある。
最近の提案や提言、広範な変更要求が批判者たちの論説の優位を占めている。批判者たちは、幅広く複雑な全体像の一面にのみ狭く焦点を当て、現行の命名システムの重要性を認識し、認めることに失敗している。批判者たちの目標の正当性は非難されるべきものではないが、その影響がいくつかの科学雑誌によって主観的評価を許容し拡大されている。政治的な議論に基づいて現行の命名法を修正する提案は、命名の実践者たちから実用的かつ技術的な反論を受けてきた(例えば、Mosyakin 2022 *10, 2023b *11、Ceríaco et al 2023 *12、Garbino 2023 *13、Katumo et al 2023 *14など)。しかし、これまでの議論の場は不平等だった。論争を煽る論文は幅広い購読者をもつ学際的な学術誌で公表され、一方で技術的に論じられた反対意見については専門性が高く読者層の広くない専門誌で公表されることがほとんどだった*15。
ここに、これまで背景に留まっていたより広範な懸念を一つにまとめることを目指し、反論を提示する。すなわち、科学コミュニティ内および社会全体を横断するコミュニケーションの機能性こそが命名システムの最大の貢献であり、改訂によってこの恩恵が台無しになる可能性があるということである。分類学、系統分類学、進化生物学、その他の生物科学の研究者である私たちの多くは、善意ではあるが配慮に欠けた無責任な意見が発表されることによって、私たち全員を結び付け、ほかのすべてを基礎づけて結び付ける分類学に、取り返しのつかないダメージを与えかねないことを懸念している。本稿では、これまでの善意による提案に対して技術的な欠陥を指摘してきた回答とは対照的に、私たちが客観的なルールを持つ命名システムを共有する必要性から生じる4つの本質的で非・技術的な検討事項を示す。それは普遍性、安定性、中立性、そして超文化性の4点である。これらの考慮事項は、私たちの命名システムに暗黙に含まれているものの、多くの非・分類学者には見落とされがちである。生物学的命名法の範囲を超越した社会的・政治的問題を解決しようとするあまり、命名システムを不注意にも台無しにしてしまう。
そこで下記の2点の理由から、署名者は科学コミュニティに対して、以下に列挙する検討事項を支持するように求める。
(1)  生物学的命名法の現行の原則と実践に対する合理的なガイドを提供するため
(2)  生物学および関連分野での明瞭かつ普遍的なコミュニケーションと、より広い社会への分類学的知識の伝達を可能とするため
したがって、主観的、政治的に動機づけられた、あるいは意見に基づくいかなる提案も、これらを損なうものであってはならない。

(1) 普遍性:生物学的命名法は、地球全体で共有されなければならない。

これは、異文化間の普遍的なコミュニケーションを保証するための最も効率的な方法である。
‘ローカル’な名称を使用して現地の文化を称えるために、それが必要であるとみなされる分類群名は新しい学名に置き換えるべきであるという提案がある(例えば、Wright & Gillman 2022 *16)。しかし、現行の生物学的命名法が採用されたのは、まさに複数の方言名が抱える難問を回避し、世界的なコミュニケーションを効果的に行うためである*17。この実用性はヨーロッパにおけるリンネ式命名システムの事実上の起源以外の、植民地的、人種的、国家的、地域的、文化的、あるいはその他の非・普遍的な負の遺産から自由なものである。実際に、ほとんどのヨーロッパの一般名詞は、その定義からして土着の固有名詞であり、対応する分類群の属名や種名として使用されることはない。命名規約は、命名においてどの言語から派生した名前でも使用できるようにする規定を設けており*18、これにより新しい学名を提唱する際の言語に基づく差別を積極的に回避し、地域固有言語の使用を奨励している。実際、Heard & Mlynarek(2023)は、ノルウェー語、ケチュア語、テレオ・マオリ語、ツェラギ語、アフリカーンス語、ロシア語など、さまざまな言語に基づく学名の例をまとめている。
現在の命名システムは、地球上のすべての言語において科学的文脈で使用される種名として、それぞれの種に対して一意で、科学的文脈内でのみ使用される二単語からなる種名を持つよう努めている。現地名を基にした新しい学名で既存の学名を置き換えることは、公平な解決策が存在しない状況を生み出す。ある分類群に対して複数の競合する現地語があるとき、どの単語を用いるべきかという問題である(*17参照)。ほとんどの種が現地名を持っていないことは言うまでもないが、現地名があったとしても、その地理的範囲が複数の言語共同体にまたがっている場合、同じ種に対して異なる言語で複数の名前がつけられていることが多い。さらに、どの言語も分類群を命名する際の客観的な優先権を持たない。この問題はすでに科学者たちが直面しているもので(Mosyakin 2023bを参照)、国際的な生物的命名システムの中核をなす原則である「先取権の原理」(古い学名が最近作られた名前より優先されるべき)を尊重することによって解決されてきた。
最近では、認識される偏りを補い、文化的包摂に向かうために、将来提案される学名は、現地の用語を考慮すべきであることも提案されている(Hayova et al. 2023*19)

(2)安定性:生物学的命名法は、現在および将来にわたって安定していなければならない。

命名システムの安定性が世代を超えたコミュニケーションを保証する最も効率的な方法である。
学名の修正を提案する批判者たちは、植民地主義の開いた傷を癒すために、命名システムの中で一括した改訂プロセスを起こすべきだと主張している(例えば、Wright & Gillman 2022*5, Guedes et al. 2023*7, Mabele et al. 2023*8)。これらの批判者たちは、今日の基準で過去を判断することによって生じる複雑な問題が、このプロセスによって解決されると考えているようだ。しかし、彼らは自身の見解や不満も将来的な審判の対象となることを失念している。将来的に、今私たちが下している判断が不公平であると他の人々が見なし、その結果、終わりのない修正プロセスが生じる可能性は十分にある。このような将来的な不満の可能性は、世代を超えたコミュニケーション、ひいては学名の安定性を脅かす。学名の安定性とその長期的な使用は命名規約で特に議論されており、普遍的なコミュニケーションが脅かされる場合にケースバイケースで実施される(例:ICNにおける保存型、Turland et al. 2018*20;ICZNにおける優先順位の逆転、ICZN 1999*21)。
我々の普遍的な命名システムの安定性を守ることが、分類群の名称が将来的な不満にも耐えうるよう時間をかけて保護するための最も合理的かつ責任ある方法であると考えられる。

(3) 中立性: 生物学的命名法は、分類群の曖昧さを解消するための普遍的な運用システムとして理解されなければならない。

社会の大多数の人々は、学名をただの名前として捉え、それに明示的または暗示的な内容は含まれていないと見なしている。
学名は多くの場合ラテン語や古代ギリシャ語に由来するものの、文字の組み合わせ自体は任意である(*18参照)。学名は独特な構成をされているか、ほとんど死語に基づいているため、一般の人々にとっては個人名と同様に意味をなさず、それによってその意味と使用における中立性を保っている。これは、ラテン語由来の言語を話す人々にとっても、ほとんどの場合に当てはまる。このような状況にもかかわらず、命名法の改正主義者たちは、学名の中には社会の一部で認識されている抑圧的・攻撃的なメッセージを含んでいたり、それを体現していたりするものがあると主張する。一般的には、学名に攻撃的なメッセージは含まれていないが、まれにそのようなケースが存在する(例えば、Centaurea latronum Pauは「泥棒のケンタウレア」を意味し、優遇措置を受けたパウの同僚を非難する意図がある)。
生物学上の学名は当初、記述子として機能し、意味を持つことを意図されていたが、学名は意味的に理解される必要はなく、誤解を招いたり間違っていたりしても、関連する規約の規定を満たしていれば、有効/利用可能、または受け入れられる/正当な名称として機能する。例えば、誤って作成された地名固有の学名はよく知られている。カナリア諸島で採集されたとされているが実際にはそこに存在しないミズナラ(Quercus canariensis Willd.)や、ペルーには存在しないにもかかわらずその名を持つ旧世界の地生植物Scilla peruviana L.がある。また、アイスランドから記載されたBryoxiphium norvegicum (Brid.) Mitt.はノルウェーにはない。生物学的命名システムは、短い記述子を作るという当初の意図から、単に分類群の曖昧さを解消するための名称として発展してきた。
特定の言語で不快と認識される可能性のある、また攻撃的な単語に由来する学名のほとんどは偶然の産物である。現在では攻撃的とみなされるこれらの学名は、それが作られた瞬間に文脈から切り離されることでそのように解釈される可能性がある。否定的な意味合いが先行するか、単に異なるものを指し示すかのどちらかである(たとえば、ラテン語で黒色を意味するnigerは生物学的命名法上人種的中傷を意味しないし、maricaは古代ローマ神話に登場するニンフに由来するものであってスペイン語で同性愛の男性を指す蔑称とは明らかに無関係である)。特に名祖(語源となった人)の場合、特定の人物を称えるために作られたのだから、多くの人々にとってどんな含意も持たないだろう。たとえば、Magnoria*22は、フランスの植物学者ピエール・マグノルにちなんで名づけられたものの、多くの人々はそれがラテン語の語源であるmagnus(大きい)に由来すると考えるだろう。ポップカルチャーに基づく命名、例えばシダのGaga属やハエのScaptia beyonceae(それぞれアーティストのLady GagaとBeyoncéに由来する命名)、スゲ類のCarex leviosa(ハリー・ポッターの世界の呪文レビオーサに由来する命名)などは、一般市民や政策立案者の注目をひくことを目的としており、あきらかな意味を持っていることで即座に関心を集めることになるだろう(Blake et al., 2023)。したがって、現時点でこれらの学名は中立的なものではない。しかし、このような含意が時間と共に持続することは考えにくく、現在ではその貢献が理解されているものの、ほとんどの人物や言及が徐々に忘却の彼方へと沈んでいき、その意味合いは必然的に希薄になっていくだろう。
これらの理由から、学名の意味における中立性は原則であり、学名に含まれる攻撃的な内容は例外であるか、あるいは命名者の本来の意図を超えて詮索する必要がある。我々の考察によれば、潜在的に攻撃的な意味を持つとされる学名の改訂は、不適切であるとの「偽陽性」を多数見つけてしまう可能性がある。

(4) 超文化性: 生物多様性とそれに関連する科学的命名法は、普遍的な遺産として理解されなければならず、この事実は局所的に偏った関心よりも優先されるべきである。

その本質において、生物多様性の価値は普遍的かつ超文化的であり、政治的な境界を越えてすべての文化で共有されなければならない。そして、私たちが生物多様性に言及する際に用いる命名システムもそうでなければならない。抽象的実体としての自然は、共有された世界遺産である(自然から得られる物質的資源と混同してはならない)。逆に、命名に関する問題が特定の国(例えば英語圏)の中で生じたり関与したりする場合でも、それが国際的な命名規約の中立性や全体性に影響を与えるべきではない*23。科学は、私たちの身近な文化圏や歴史、個人的な文脈によって押しつけられる物の見方をはるかに超えている。命名規約を律してきた先取権の原理を守ることが、すべての学名を変更可能とみなし生物学における民族主義的または排外主義的な立場を助長し、生物学を深刻に混乱させる極端な結果を避けるための、唯一の公正な方法なのである。

結びに:より公正な科学的命名法のために

私たちは、植民地的、帝国的、全体主義的、人種差別的、カースト主義的、性差別など、遺憾な遺産から派生した広範な問題が今なお社会に存在し、科学の中でも取り組むべきであることを認識し、同意する。これらの問題を引き継ぐことがないよう共同で取り組み、また積極的に社会を改革していく必要がある。さらに、公益と命名法の安定性にとって有益である場合には、生物学的命名規約に公正性と鋭敏性を促進するための適切なツールを提供する必要がある(例えば、Mosyakin 2023a*24, 2023c*25)。命名の実践において、公平性と包括性を高めるためのより良い機会を追加する可能性のある、いくつかの簡単な措置が考えられる*26。
(1) 新しく命名される学名に文化的な言及を取り入れる(例えば地方名、地域用語、文化的伝統)
(2) 不正確または不適切な命名を避けるため、命名時に知識豊富な協力者と積極的に協議する(例えば、宗教的な存在にちなんで生物に名前を付けることは、一部の人にとって反感を買うものである可能性がある)
(3) 地元の研究者、自然主義者、環境保護活動家、フィールドの専門家を称える(Jost et al. 2023)
(4) 科学的な出版物に(できれば現地の文字表記で)現地語の名称を含め、推奨する(Marinho & Scatigna 2022)。
このような提案に従って作られた名前の例としては、アリのPheidole klaman Gómez et al.(klamanという言葉は西アフリカのアカン族の美しさを指す)、恐竜のYi qi Xu et al.(中国語の奇翼「奇妙な翼」に由来し、その奇妙な外見を指す)、アザミのCirsium tukuhnikivatzicum Ackerf. (北米西部の先住民族と文化に敬意を表している)などが挙げられる。現在、そして未来の世代の分類学者たちは、学名を自由に決定する権利を持たなければならないが、同時に、将来的な危害や動揺を避けるために倫理に注意を払い、思慮深く、公正で、思いやりのある責任を負うべきである。このような、より包括的で最新の命名システムに向けた取り組みは、現地の科学者、特にグローバルサウス諸国の研究者たちとの協力や交流によって必ず生まれるだろう。
例えば、人権の明らかな直接的な侵害への救済として、例外的な状況下で既存の学名の見直しが検討される場合があることを、私たちは理解している*27。しかし、これら決定は、関連する規約の技術的な規定や対応する管理機関のもとで、利害関係者と協議しながら、コミュニケーションに生じる潜在的な混乱とこれらの人権の積極的な強化とを天秤にかけて、非常に慎重かつ意図的に行われるべきであり、決して一括処理としてされるものではない。
何よりもまず、250年以上もの時を超えて普遍的なコミュニケーションを実現し、生物科学の前例のない発展に寄与してきた現在の命名システムの普遍性と安定性という計り知れない価値を守らなければならない。問題を提起し、過去の遺産から生じる問題を認識することは重要である。そして、それを補償すると同時に前進する方法を見つけ出さなければならない。しかし、これらの取り組みが現在進行中の科学的プロセスの妨げになってはならない。科学は普遍的なものであり、共通の技術や手順が万人の利益のために維持されるのであれば、それは保護する価値がある。過去に感じられた誤りを振り返って修正しようとする試みは、感情的には魅惑的だが、それだけでは無益である。また、公表された学名を維持することは、学名の背後にある意図を支持することではなく、優先原則に基づく、最も公平で中立的な解決策としての実用的かつ機能的な解決策である。さらに、新しく修正した学名を作る行為は、同義語の負荷を増大させ、命名法の枠組みにノイズを加えることになり、出版物やチェックリストを通じて分類群を追跡することをより困難にする。政治的な理由に基づく学名変更は、その後の命名法上のノイズとともに多くの新しい学名を追加することになり、一方で削除された学名はシノニムリストに必ず残るため、完全に消去することができない。これは、場合によっては煩わしいものの、自然な分類を達成するために必要な体系的な理由による命名規則上の変更と混同してはならない。
現在、人類は、地球規模の気候変動、森林破壊、種の絶滅といった喫緊の課題に直面しているが、生物多様性や生態系への関心も低下している。一方、基本的な生物多様性の探求は、逆風を受ける研究環境の中で生き残りをかけて奮闘している(例えば、Löbl et al., 2023)。学名の一括改訂は、分類学に割り当てられた乏しい人的および経済的資源を、私たち科学者全員、特に分類学者にとって逆効果となる終わりのないプロセスに簡単に転用させてしまう可能性がある(Antonelli et al., 2023)。特にグローバルサウス諸国は大きな影響を受けると考えられる。なぜなら地球上で最も豊かな生物学的多様性を有する地域でありながら、経済的にも、訓練された人的資源も不足しているためである。さらに、生物学名体系のシステムの脆弱化は、生命科学の応用を脅かし、科学的な文章だけでなく、技術報告書や法律も正しく理解できなくさせる危険性を持つ。人類社会全体にとっての深刻な影響を避けるために、自然は安定的、普遍的、操作上中立かつ超文化的な方法で理解され、命名されなければならない。


*1 Hammer & Thiele (2021)による国際藻類・菌類・植物命名規約(深圳規約 2018)第51.1条の改正の提案。51.2を新たに挿入し、文化的に不快な名称を拒否する仕組みを設けること、(3)Art. 56.1条を改正し、51.2条に基づいて名称を拒否する提案を認めること、(4)提案されている第51.2条の適用を管理するため、第III部に新たな常設命名委員会を設置すること、51.2項の適用を管理するため、第III部に新たな常設命名委員会を設置することを提案している。
*2 Smith et al. (2022) による、Smith & Figueiredo (2022)やHammer & Thiele (2021)で提案された命名規約の改訂に寄せられた反論に対する弁明。例として奴隷所有者であり貿易商であったGeorge Hibbertを挙げ、同時代の多くの人々から不名誉なものと広く見なされていた人物に対する献名を続けるべきかどうかを議論している。
*3 Thiele et al. (2022)による、Taxon誌上で行われた命名規約の改正案(Smith & Figueiredo (2022)やHammer & Thiele (2021))に対するMosyakin (2022b)による反論へのコメント。
*4 Tracy (2022)による、北米淡水魚類の英名、学名、その由来をリストしたもの。この中で、一部の人物に由来する学名を変更すべきであると主張している。
*5 Wright & Gillman (2022)による、現在の学名を既存の固有名に変更する提案(藻類、菌類、植物を対象として)。
*6 Harris & Xavier (2023)によるこれまでの論争に対するコメント。命名法の改正を支持している。
*7 Guedes et al. (2023)による、献名自体が不適切であり、今後の記載においても、過去の学名に対しても変更を求めていくという主張。Nature Ecology and Evolution
*8 Mabele et al. (2023)による、学名の変更が脱植民地化と連動することで保全生態学に有効であるというコメント。
*9 Roksandic et al. (2023)による国際動物命名規約の改正案。倫理的ガイドラインの確立と、過去にさかのぼる不快な学名の削除、先取権の原理の例外を取り扱う代替メカニズムの開発を主張している。
*10 Mosyakin (2022)による、Smith & Figueiredo (2021)の提案(南アフリカにおける鉱物採掘で富を築き、アフリカの植民地化に貢献した19世紀のイギリスの政治家セシル・ローズにちなんだ学名の変更を求める内容。帝国主義者であり、人種差別主義者でもあった)に対する反論。現在の感覚で過去を裁き始めると、セシル・ローズだけでなく多くの人物に影響は及ぶことになり、その中には動物学に多大な貢献を残したシンガポールの創設者であるトマス・ラッフルズや(有名な例ではラフレシア)、コロンブス、果てはダーウィンもその対象になってしまうことを指摘している。
*11 Mosyakin (2023b)による、Wright & Gillman (2022)ほか一連の規約改定案に対する批判コメント。
*12 Ceríaco et al. (2023)ら、国際動物命名規約委員会による政治的動機による学名の変更を認めるべきではないという声明。
*13 Garbino (2023)によるGuedes et al. (2023)の献名自体が不適切であるという主張に対する反論コメント。
*14 Katumo et al. (2023) によるGuedes et al. (2023)の献名自体が不適切であるという主張に対する反論コメント。
*15 Nature Ecology and Evolutionで改正案が発表される一方で、こうした提案に対する技術的な反論はTaxon(植物分類学を専門とする学術誌)に掲載されていた。そのため、動物学を対象とする訳者はこの論争自体をあまりよく知らなかった。
*16 ここではニュージーランドの樹木である「Nothofagus menziesii (Hook.f.) Oerst.」と「Nothofagus fusca (Hook.f.) Oerst.」について、それぞれ先住民族が呼んでいた名称である「Nothofagus tawhai」と「Nothofagus tawhairaunui」に置き換えるように提案されている(Wright & Gillman, 2022)。
*17 たとえば関東と関西の地域ごと、また成長段階ごとに異なる現地語を持つ「ブリ」を例に挙げれば、すべての現地語の中からどれを学名に採用すればいいか、どのように決めればいいのだろうか?
*18 たとえば国際動物命名規約では条11.3. の中に『由来. 学名は、本章の要求を満たしていることを条件に、ラテン語、ギリシア語、あるいは他の言語(アルファベットを持たない言語でもかまわない)の単語かまたはそれに由来する単語、もしくはそういう単語から形成したものとする。学名は、単語として使用するために形成したものであることを条件に、文字の任意の組み合わせでもよい。』として、ギリシア語、アルゴンキン語、アラビア語、ロシア語、チベット語、ココイムジ・アボリジニ語由来の学名、また任意の文字の組み合わせによる属名を例に挙げている。
*19 Havoya et al. (2023)による、今後の命名について現地語の採用を奨励し、正当な手続きによって命名された既存の学名の拒否・置換を奨励するものではないという深圳規約 (2018)の改定案。地域の伝統的知識を統合することを目的にしている。
*20  国際藻類・菌類・植物命名規約では、先取権の原理の例外措置として、保存名と廃棄名のリスト化によって新参異名の判明に対してこれまで使われていた学名の使用を継続する措置がある。
*21  たとえば1905年にTyrannosaurusとして記載されたティラノサウルスの属名について、1892年に記載されたManospondylusと同じものであることが判明した。先取権の原理に従えばTyrannosaurusはシノニムとして無効化されるが、学名の安定性の維持を理由に動物命名法国際審議会は強権を発動しTyrannosaurusを有効名とした。
*22  Magnoria: モクレン属。17 - 18世紀のフランスの植物学者、ピエール・マニョル (Pierre Magnol) に由来する命名。
*23  たとえば、 2007年には日本魚類学会が「メクラ、オシ、バカ、テナシ、アシナシ、セムシ、イザリ、セッパリ、ミツクチ」の9つの差別的語を含む魚類 32 種の標準和名の改名を決定した例があるが、標準和名の改訂は学名の改訂に影響しない。
*24 Mosyakin (2023a)による、Wright & Gillman (2022)ほか一連の規約改定案に対する提案。「潜在的にセンシティブなコンテンツの免責および責任制限」の規定を追記することで、ある学名について好ましくないと考える人々に対して一切の責任を負わないものとし、各種イデオロギーの支持・表明とみなされないようにすることを提案している。なお、この提案をもって31条に関するTaxon誌上での論戦は編集部によって打ち切られている。
*25  Mosyakin (2023c)による、Hammer & Thiele (2021)ほか一連の規約改定案に対する提案。本規約の著者および編集者は、すべての学名の著者および使用者の平等な権利を尊重し、確保するとともに、いかなる形態の差別に対しても不寛容であることを明確に表明すべきであるとして、「非差別の声明」を規約に追記することを提案している。
*26  Wright & Gillman (2022)で提案された、現地の固有名を学名に取り入れるアイデアも含むが、過去に遡っての修正を要求しないという違いがある。
*27  たとえばヒットラーに献名された洞窟棲昆虫の1種であるAnophthalmus hitleriについて、ネオナチら極右主義者によってヒットラー由来の昆虫として人気を集め乱獲され、その保護のために学名の変更を検討された事例がある(Berenbaum, 2010)。


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