左ポケットの中には〜ボクが書いたShort short story〜
僕は右手、君は左手。
僕たちが繋ぐ手はいつも決まっていた。
僕は左利きだから、左手を自由にしておきたい。
君は右利きだから、右手を自由にしておきたい。
そんな理由からだ。
僕たちには特殊なクセがあった。
手を繋ぎながら向かい合うとき、
空いた手をお互いのポケットに突っ込むのだ。
僕の左手は、君の右ポケットの中へ。
君の右手は、僕の左ポケットの中へ———。
君は四季のなかでも冬がいちばん好きだ。
「だってケンタのポケットの中があたたかいんだもん」という理由らしい。
君は冬によく笑った。
君があまりにも冬を楽しく過ごすものだから、気づけば僕も冬がいちばん好きな季節になった———。
僕らが付き合ってから3度目の冬がやってきた。
君と過ごす3度目の冬だ。
君は例年よりも今年の冬を喜んだ。
君の大好きな人気ロックバンドのツアー最終日のチケットが取れたからだ。
ライブ当日、君のオシャレはいつも以上に気合いが入っていた。
「今日をどれだけ楽しみにしてたか...。神様!ありがとう!!」
神様に感謝してしまうほど喜んでいる君の顔を見て、僕も神様に感謝した。
ツアー最終日ということもあり、ライブはものすごい盛り上がりをみせた。
ボーカルのSHOWが言った。
「自分の価値を自分で下げて安売りするな!」
「今日お前らがここにいるのは、俺たちのライブを見に来たんじゃない」
「お前らは今日、今この瞬間から、スタートするんだ」
「位置について、ヨーイッ、ドン!!さぁ、一緒に走ろうか!」
背中を押される言葉だった———。
ライブが終わったらご飯を食べに行く予定だった。
「ご飯を食べて、落ち着きたくない気分」
「そうだね。じゃあいつものところに行こうか」
僕たちは〝いつものところ〟へ向かった。
〝いつものところ〟とは、海浜公園のことだ。
僕たちが初めてデートをした場所が海浜公園だ。
「今日のライブは過去イチだった。感動したよ」
君は感慨深げに、海を見ながら呟いた。
僕はそっと君の左手を握った。
僕は右手、君は左手。
僕たちが繋ぐ手はいつも決まっていた。
僕は左利きだから、左手を自由にしておきたい。
君は右利きだから、右手を自由にしておきたい。
そんな理由からだ。
僕たちには特殊なクセがあった。
手を繋ぎながら向かい合うとき、
空いた手をお互いのポケットに突っ込むのだ。
僕の左手は、君の右ポケットの中へ。
君の右手は、僕の左ポケットの中へ———。
「ん?コレ、何?」
君は僕の左ポケットの中から小さな箱を取り出した。
「僕たちは今日、今この瞬間から、スタートするんだ」
「え?」
「ルミを愛してる。結婚しよう」
少しばかりの沈黙が流れる。
君は僕の手を離して振り返り、海を見た。
「位置について...」
「え?」
「ヨーイッ」「ドン!!!」
君の右手が高く、月夜を指差した。
「さぁ、一緒に歩もうか!!ね、ケンタ!」
振り返って、君はそう言った。
ふたりの人生が、今日、今この瞬間から、確かにスタートしたのだ。