金儲読本 金儲術入門

金儲術入門

 「あなたは、よく金儲けの話をなさいますが、あんなに詳しくお調べになって居られるなら、1人でおやりになっては如何です?」 

 彼は皮肉そうな目つきをして、孫六の顔を見た。孫六はくすぐったいような笑いを奥歯のあたりで噛み殺しながら、  

 「やっています」 と、答えてやった。  

 「してみると、もう余程お儲けになったでございましょうね」  

 彼は、孫六の応接室に敷かれてあるボロボロになった絨毯や、掛額の貧弱なのを見廻しながら、冷笑の見本のように破れかけた椅子の毛(はけ)をむしって居た。  

 「さあ、それ程でもありませんがね」  

 孫六はそうした彼の態度を不愉快に思いながら素っ気ない返事をした。彼は少し図々しかった。  

 「失礼ですが、どれ程溜まりました?」  

 半分信じて半分は疑うような目つきである。孫六にはあつかましい此奴を一つ驚かしてやろうと言うような茶目っ気が芽生え出して来た。  

 「どの位あるか、勘定もしたことも無いが、君よりは財産があると思うね」  

 鼻の下に髭があれば捻りたかった。やや反り気味になって見下ろしたところは、どうしても大富豪のような気がした。彼は少し羨ましくなって来たらしい目付きをして改まった。  

 「それ程の財産を作りながら、まだやって居るのでございますか?」  「それはそうさ君、僕の金儲けは死ぬまで続くよ。先だって発明王のエジソンは『予の発明は死の五分前にして終わる』と言って居たそうじゃないか。僕の金儲けはそれ以上だ。死後何年と続くよ」  

 往来だったら彼は飛び上がったかも知れない。驚きが顔をさっと撫でたかと思うと、敬虔らしい態度の洗礼を受けてしまった。そして物欲しそうな格好で孫六の威容を見上げるのだった。  

 「どうでしょう先生、私に一つうまい金儲けを教えて頂く訳には行きませんか?」  彼はもう最初の彼ではなかった。孫六は大きくうなづいて見せて  「よろしい、教えてあげよう」 と、腰をかけ直した。すると彼は何となく狼狽したような調子で  

 「だが先生、一寸お断りして置きますが、先生はどんなことでも直ぐ喋ってしまうので危険です。金儲けなんて言うものは1人で、誰も気がつかない所をやるので甘い汁が吸えるのですから、今まで発表しない奴を一つ教えて頂けないでしょうか」 と、甘えるように懇願した。  

 「よろしい」  孫六は鷹揚に答えた。彼はそれでもなお安心出来ないもののように  

 「そして私に教えて頂く条件は、今後も誰にも話さないようにして頂きたいのです。大勢で我も我もとやるようでは、せっかくの仕事もうまく行きません。これで儲かったら先生にも相当のお礼をするつもりで居りますから」 と、付け加えて、もうすっかり教えてもらってしまったもののように嬉しい顔をした。

 孫六は笑ってやりたいのをやっと我慢して、また大きく頷いてやった。彼は安心の姿で朝日を一本抜き取って吸い始めた。そして次に話出される孫六皆伝の目録を楽しそうに待ち構えて居た。  

 「ところで君、金儲けは色々あるが今僕のやりつつあるものでもいいだろうな。人には絶対に秘密なんだから」  

 孫六は念を押した。彼はニ三度お辞儀をしながら煙にむせた。  

 「ええ、よろしゅうございますとも、結構でございます」  

 彼はまた咽せて居た。孫六は懐から一冊の本を出して  

 「これが金儲け学校の一年生が読む本だ。五分もあったら読めるだろう。これを先ず読んで居て呉給え。奥にもう一人の客が待って居るから、その間僕はその人に会って来る」  

 椅子を立った孫六は彼を残して次の間へ行った。  

 投げ出された薄い本を取り上げた彼は貪るような目付きで一頁を開いた。そこには燦然たる黄金の文字が書き連ねてあるかのように彼は虫唾を走らせていた。

 と、彼の目は曇った。そしてそれは間違いではないかと言うような顔をして、表紙の背文字を見直した。背文字は金で「怪星現る」と書いてある  

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