第一 婚姻の儀式作法
婚姻の儀式作法
婚姻の大要
結婚は人一代の大慶事であるから、出来るだけ盛大に厳粛に行うがよい。しかし身分不相応、いたずらに儀式のみを華美にしたり、披露会の盛大を誇ったりすることは無意義なことである。
結婚に関する儀式は、古来微に入り細にわたって色々説かれている。しかも土地に依り、流派に依り、格式に依り、異なっているので、ここにはただその要領要点のみを述べることにする。
「結婚式の種類」
結婚式の種類は、神式結婚、仏式結婚、キリスト教式結婚及び普通のものとがある。普通の結婚式は、古来の習慣によって、血族の者が同伴して婿の家へ行き、式場において三三九度の盃を酌み交わす。そして式場においての主宰は、媒酌人がするのが普通である。
神式仏式に依る結婚は、神式ならば神前、仏式ならば仏前において、神官或いは僧侶、媒酌人及び新夫新婦着席の上行う。この時新郎は男媒酌人に伴われ、神前又は仏前に向かって右側に着席し、新婦は女媒酌人に伴われ、左側に着席する。先ず神官は祓詞を奉じ、仏式ならば僧侶の読経後、媒酌人は誓詞を読み、次に新夫新婦は御神酒を戴き、仏式ならば焼香を以てその式を終わるのである。
キリスト教式は教会において行うのが普通で、司会者は牧師がする。(詳しいことは後に述べる)
結納及び結納品
いよいよ婚約を結ぶことになれば、その証しとして贈物をする。 これを結納と言う。
「結納の贈物」
結納の贈物は五荷五種とか三荷三種などと言って、昔は身分の高下によって相違はあったが、、先ず中流の所では、女へ小袖、帯、反物等に樽、肴を添え、その父母にも反物、綿などを贈るのを礼とするが、略して女へ帯地、樽、肴を贈り、その父母へは何も贈らぬこともある。
小袖は一重から五重まであるが、色と模様両方の目出たいものを選び四季共に綿入れを用いるのが法である。上着は普通染模様の紋付きに白小袖を重ねるので、決して小袖一枚だけは贈らぬものである。しかし近来は、右の品物を一々贈らず、婿より嫁へは帯だけにして、他は目録のみを 贈り、嫁より婿へは礼服地だけを贈って他は略するものが多い。又すべてを金銭にして、品物は単に目録のみで済ますことも多い。
いずれにしても結納の贈物には目録を添えて出すのであるが、この使者はなるべく年長で物慣れた人がよい。もしその贈物の多い時は、釣台に載せて、上おおいを掛けることになっている。さて使者は先方の家に至り、その旨を述べて贈物を差し出す。受け取った方はこれを座敷に整え、父母座に就いて結納受取の挨拶をして、目録の全部を書取り、終わりに「右御目録の通り幾久敷受納仕候」と書いて使者に渡し、ここに酒宴を張って、媒酌人初め関係の人々を饗応するのである。
「目録の認め方」
目録は通常図一の書式に、大奉書又は大高檀紙の二枚重ねに、裏に染み出ぬように書く。そしてこれを同じ紙で上包みをなし、表面に目録と認め、巻いて金銀の水引を掛け、品目と同じ白木の台に載せて届ける。また人に依っては、これを巻かずに七つ半に折る。
この場合には、折目に字のかからぬように注意しなければならない。 男子より 女子より
帯 地 一台 袴 地 一台
寿 留 女 一台 勝男 武士 一台
志 良 賀 一台 志 良 賀 一台
子 生 婦 一台 子 生 婦 一台
末 廣 一封 末 廣 一封
勝男 武士 一台 寿 留 女 一台
家内喜多留 一荷 太 類 一荷
右幾久しく目出度御受納下 右幾久しく目出度御受納下
され度候也 以上 され度候也 以上
年月日 婿の名前 年月日 嫁の名前
嫁の家の氏名殿 婿の家の氏名殿
この場合注意すべきは年月日は本文より一字下げること、嫁の親の氏名は年月日より一字上げ本文句と同じくすること。また親のない場合は、その家の氏を書きその下に家と書くこと。
結婚の日取 すべて吉日を選ぶと言うことは、別に何等の理由もないようだが、兎に角人の善いと言うことは、何処までも尽くした方がよかろうと思われる。もっともこれのみに重きを置いて、他に不都合を生ずるようでは何にもならぬが、他に支障の生じない限りは、日を選ぶと言うこともまた必要だろう。
これなども婚礼の儀式を重大なものとしたから起こったことで、何事もゆるがせにしない為なので、馬鹿らしいようだが、習慣に従う方がよろしい。その吉日と言うのは天しゃ日、天恩日、月たく日で、天しゃ日と言うのは春は「つちのえとら」の日、夏は「きのえうま」の日、秋は「つちのえたつ」の日、冬は「きのえね」の日である。天恩日と言うのは陰暦の暦の中段に記してある。又月たく日と言うのは、「きのえね」の日である。
次に悪日と言うのは、次のごとき日である。尤もこれはいずれも陰暦である。
正月十六日 二月二十日 三月四日 四月十八日 五月六日
六月七日 七月十日 八月十一日 九月九日 十月三日
十一月 二十五日 十二月晦日
婚礼の席の儀式作法
「室の飾付」
床には普通、いざなぎ、いざなみの尊の御尊像画、或いは蓬莱山、松竹梅等の如き目出度いものを掛ける。その前、即ち床の正面に御神酒の三宝、更にその前に長熨斗の三方を据え、長熨斗の右に置魚、左に置鳥の三方を据える。置魚の前に雌蝶の銚子、置鳥の前には雄蝶の銚子を置く。
雌蝶雄蝶は床の間の狭い時には別室に置く。御神酒、長熨斗は角三宝、置魚、置鳥は長三宝を用い雌蝶雄蝶の銚子には、三方は用いぬ。
「式場及び式の順序」
座席は床の間に向かって左が嫁、右が婿。御舌捨といって、酒の飲めぬ人のために舌にふれた酒を捨てる器を用意する。取肴は雌蝶の銚子を取り扱う媒酌人が婿に、雄蝶の酌人が嫁に運ぶ御神酒の移し方は、雌蝶の御神酒を銚子の雄蝶に半分移し、残りを銚子の雌蝶に移す。次に御神酒の雄蝶を銚子の雌蝶に半分移し、残りを銚子の雄蝶に移す。
「長熨斗の礼(式初めの礼)」
雌蝶を取り扱う酌人が床の間より長熨斗を、下座の中央に持ち来たり、少し進めて一同礼をする。略して床の間に飾ったまま礼をすることもある。 三つ組の盃は素焼きが本体、三方に載せて雄蝶が取り扱う。
或いは雌蝶が銚子を片手に持ち、片手には盃の三方を取り扱う仕方もある。ここでは雄蝶が取り扱うことにする。
銚子から盃に酒を注ぐ場合は雌蝶である。雄蝶は直接盃に注がずして加えをするのである。加えとは、雌蝶に雄蝶が酒を注ぐことをいう。その注ぎ方は、右手に銚子を持ち、左手を添えて静かに傾け、少しづつ三度続けて注ぐ。之を加えを一回したと言う。三つの盃の中、どの盃の初めにも、加えを一回づつするのである。
「三々九度の順序」
三つの盃の中、一と三はその式の主となる人から初め、中の盃、即ち二は客となる人(嫁入りなら嫁、婿入りなら婿)より初める。ここでは嫁を貰う場合として述べる。
雌蝶雄蝶は、下座の中央に下がって加えをする。雄蝶は加えをした場所に銚子を置いて立ち、盃の三方を婿の前に持って行き、婿一の盃を取り、雌蝶之に軽く三度注ぎ(盃に注ぐ場合はいつも同様であるから以下略して注ぐと言う。)婿之を三口に飲み、盃を元の如く重ねる。
雄蝶は盃を嫁の前に運び、下座に下がる。嫁の介添人が盃を取り、雌蝶之に注ぎ、介添人は嫁に渡し、嫁は三口に飲み、介添人受け取って残りあらばお舌捨に移し、三方の二の盃に重ねずに隅に置く。
雄蝶は、嫁が一の盃を飲む間に、下座より銚子を持ち来て雌蝶に加えをし、直ぐに下座に銚子を運び置く。これで一の盃は済む。
この時盃の三方と雌蝶は嫁の前にあるから、そのまま二の盃を一と同様にして嫁が飲み、介添えは三の盃の上に重ねる。次に雄蝶は盃を持ち、雌蝶と共に立って婿の前に座し、三方を置き、下座に下がる。婿は二の盃で前と同様にして飲み、三の盃に重ねずに隅に置く。これで二の盃は済む。
雄蝶は婿が飲む間に前と同様加えをする。
盃と雌蝶とは婿の前にあるから、前と同様にして婿飲み、次に嫁も同様にして飲むと、三の盃も済む。
盃は床柱の際、又は下座に下げる。雌雄の蝶は下座の中央で雄蝶を先頭にして人に迷惑にならぬ範囲の大きさに一周して別室に下がる。即ち舞い納めるのである。
「親族の盃」
先ず新婦は新郎の親族に対して座し、新郎は新婦の親族に向かって座につく。盃は初めに新婦が飲んでこれを舅に差し、舅が受けて飲み終わったら姑に注し、姑が飲んでこれを納める。二の盃は舅が飲んで新婦に注し、新婦より姑に終わる。三の盃は姑より初め、新婦受け、舅に終わる。
欧米の婚姻礼式
近頃は西洋式の結婚礼式を用いるものが多くなったので、参考までに此処に欧米の儀式の一般を述べてみよう。勿論欧米とても、国に依り、土地に依り、多少の相違はあるので、此処に述べるのは、大体の標準に過ぎない。
「婚約指輪と結婚指輪」
結婚の約束が成り立つまでは大体日本と異ならない。欧米とて両親の許諾も受ければ、先輩知友とも相談する。さていよいよ約束が成り立つと、男子は大抵相手の女に婚約の指輪を贈る。これを婚約指輪(エンゲージリング)と言って、白金又は金台に、ダイヤ、真珠、ルビー、オパール等を散りばめたものである。(多くは、白金にダイヤを嵌めたるもの)
そしてこれを受けた女は、左の薬指にこれをはめることになっている。日本ではよく、カマボコ型の金指輪を婚約指輪と言っているが、これは後に述べる結婚指輪(マリッジリング)と混同したもので、結婚式当日始めて式場で用いるものである。
「知己の贈物」
婚約の通知をうけると、欧米でも親戚朋友が贈物をするが、これは銀の贈物(シルバープレゼント)と言って、多く銀製のものを用う。それも多くは新家庭に必要なものに限られ、漁刀(ナイフ)とか牛酪刀(バターナイフ)などが多い。そして多くの場合、お互いに相談し合って贈る。
「婚姻免状のこと」
欧米では婚姻をなすには、婚姻免状を受けることになっている。通例寺院に行って、厳粛な儀式の下に受けることになっているが、ごく簡単な場合は、市役所へ新郎新婦の二人が赴いて受けるので、僧侶がその席に連なっていればよいのである。
「新婦の服装」
多く純白のものを用い、襟もあまり明らかでなく、袖も平袖か長袖のもの、白いヴェールを被り帽子を用いず、髪飾りを戴く。
「儀式」
式は全て寺院で行い、司会者はその寺の住僧である。儀式を行う時には、新郎は新婦の右側に立ち、新婦の後ろに新婦の父。左に陪席婦が立つ。司会者たる住僧はその間にあって、夫婦の道を説き聞かせ、互いに相愛すべき精神の永く変わらないことを誓約せしめ、神に祈りを捧げる。
後男側の陪席人は、新郎のチョッキの左ポケットより結婚指輪を取り出し、新郎はこれを神父の左薬指に嵌めてやる。これを終わると式場にいる親戚朋友は賛美歌を歌い、祈祷をなす。これにて式が終了する。
「陪席人」
陪席婦は、新婦に妹があれば一般に陪席婦とするが、多人数を陪席させる場合は、多く新婦の親しい女をこれに加える。また男側の陪席人は、新郎の一番親しい友人を選ぶ。
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